第1章

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 賢太郎の見立てでは、この女の懐に何もなかったと言う。となれば、金子目当ての、ならず者か、無宿人とみた。そこで、この女が見つかった辺りの無宿人を探った。日々の銭に困っているはずの、この平助が、真昼間から、酒を食らっていた。何かあるとみて、平助のねぐらを探った。そこに、女物の巾着が出て来た。平助は、ぐでんぐでんに酔っぱらっていた。余程、酒を手に入れて、酒盛りの気分だったのだろう。で、叩き起こして、ともかく子細を聞いた。初めは酔っぱらっていたので、こちとらも困ったが、酔いをさますと、しぶしぶと、話した。その子細が、お前、賢太郎の見立てに当たっていたので、一旦、番屋に連れてきた。後は、お奉行さまの評定になる」 「それはそれは、お役目、ご苦労様でございます。ですが、この人の、首の絞められたことの子細が分かりません」 「そうやな。この女が平助に、巾着を狙われるまでのいきさつが、分からん」  とそこへ、辰三が走り込んで来た。 「旦那、この女は、呉服屋の大和屋の使い者です。名はおせん、今朝から、行き方知れずということで、お店の者も心配していたところです。さすが片瀬先生の描かれた似せ絵、見せたら早速に答えが返ってきました」 「でも、何で、川に近いところにおったのか」 「ですねえ、あっしにも、分からないことでおます」 「ならば、もうちょっと、詳しく調べよ。それと、この骸を引き取って貰うように、手配りしてくれ」 「あの、辰三親分、このおせんさんですが、誰か人に恨まれているとか、そんなことがなかったかどうか、それも聞いてみて下さい」 「賢太郎、どうした」 「折井先生のお調べ書きに、〝怨恨〟という言葉がよく出て来るのです。恨んでいたのか、恨まれていたのか、どっちにしても、恐ろしい言葉です。人を殺めるのに、そのような心根があるとは、信じがたいのですが、先生がわざわざと書き記したこと、大きな根元があるように思いました」 「そうやな、折井先生は、たくさんの事にあたって来られた。いろんな事柄をご存じやったとしてもおかしくはない。  辰、賢太郎の言うたことも、聞き込んでくれ」 「へえ、分かりました」 「で、賢太郎、お前はもう長屋に戻れ。こんな刻限になったことやし、あとの事は、俺たちの仕事や。遅くまでつき合わさせて、悪かった」
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