第1章

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  賢太郎事件帳(三)            篁   はるか  京、四條通りに、片瀬賢太郎はいた。西町奉行所の配下の医師となって、普段は、奉行所での務めである。役目は〝遺骸検め〟であるのだが、今日は、四條の番屋で、病人が出たとの知らせで、奉行所からやって来たのだった。番屋の仮牢に入っているものが、突然に苦しみ出したといって、賢太郎に診てくれとのことで、出張ってきた。  賢太郎の見立てでは、その仮牢のものは、単に、水を飲みすぎて、腹を下したと診た。よって、水もの、冷たい食事を与えないように、番屋のものに言づけて、一旦、そこを辞した。  さて、と奉行所に戻ろうとした賢太郎の前を歩いていた娘が、急にばったりと倒れた。慌てて駆け寄ると、その娘は、賢太郎が代脈のときに診ていた、烏丸にある呉服屋室町屋の娘おときだった。 「おときさん、大丈夫ですか」  と言いざま、脈をとる。おときは気を失っていた。だが何より賢太郎を驚かせたのは、おときの風貌だった。 (やつれている。娘らしいふくよかさがない。こんなにやつれていたら、急に倒れ込んでもおかしくはない。昔は、このようではなかった。何がこの人の身に起こったのだろう)  などと考えていたのは一瞬。すぐさま回りの人に、駕籠を頼む。そして、おときを折井玄庵のところへと、運び込んだ。 「折井先生、おときさんが、街中で急に倒れました。診て下さい」  おときは、玄庵がいつも病の者を診る部屋に横たわらされていた。 「これは、おときではないか。ここのところ、わしのところに姿を見せなんだ。ちょっと見ぬ間に、このやつれよう、尋常ではないな」 「先生、おときさんは、確か気うつの病ではありませんでしたか。気うつの病が進むと、かように風貌が変わるものなのですか」 「いや、そんなはずはない。わしのもとに通っていた頃には、気持ちを和らげる薬を処方した。そして体に滋養を与えるような食べ物を食せと、くどいほど、言った。だから、娘らしい顔つきやったのだが、ここのところ通って来ず、何があったのか、心配しておった」  そして、玄庵は、しばらくおときを診ていた。何故だか分からないのだが、おときはまだ気を失っていた。 「賢太郎、ちょっとこっちへ来い」  と、玄庵は、賢太郎を別の部屋に来るように言った。 「室町屋にはつなぎをとって、店のものが迎えにくることにした。
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