第1章

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「片瀬は医師である。二助の女房の子流れに、ひどく心痛して、わざわざ女房のところに向かった。そして、子授かりの心得を説いた。このことは、この奉行の命ではない。だが医師としての片瀬の心得は、感服した。よって、二助、片瀬の心得を思い、また、この一件の嫌疑も晴れたことでもある。この後は、夫婦仲睦まじく日々を送ってくれ。その後に、天から、授かるものもやって来るであろう。この奉行はそのことを願っておるのだ。女房をいとえ」 「ありがとう存じます。  片瀬さま、わてがいない時にわざわざとお出ましになられたのどすか」 「はあ、〝要らぬお節介〟だとは思ったのですが、どうにも気になりまして、わたしは医師ですので。二助さんから聞いたこと、その後、女房どのに聞きますと、これは何とか力添えできないものかと思いまして、参りました」 「そうどすか。このようなこと、この二助にとっては、どのような御礼の言葉を尽くしても言い切れまへん。ありがとう存じます」 「では、二助、夫婦仲睦まじく願う。  本日の白洲、これまで」  とお奉行が退座された。お白洲で見守っていた風間にとっても、さすがのお裁きだと感じ入った。  お白洲から退いた賢太郎は、同心詰所の片隅にいた。 「賢太郎、お前が子授かりの心得を二助の女房に言うたんか。独り身のお前に、どんな秘伝があるんや」 「風間さん、ちょっと、ちょっと待って下さい。わたしは独り身ですよ。そんな子授かりの秘伝なんて、知るはずもないですよ」 「おお、顔が赤くなった。よっぽど、医師なりの秘伝があると見た。教えろ」 「な訳はないでしょう。大体、わたしは、まだ妻も娶ってはおらぬのです。そのことは風間さんが一番良くご存じでしょう」 「いやいや、何かあると見た」  ここは、風間を説得させることが、肝心だと思い、 「風間さん、この後はお役目ないのでしょう。ならば、わたしに付き合って下さい。勿論、辰三親分も一緒です。何せ、独り身が三人、得心して頂きましょう」  と、三人で出かけることになった。 「どこへ行くのや」 「錦です」  錦とは、四條通りから一筋上がった、錦通りのことである。  三人は錦通りにやって来た。錦通りには、商いの店が軒を連ねている。とある魚を扱う店の前で、賢太郎は歩を止めた。 「ここです」 「何だよ、魚屋やないか」 「ですが、二階に、まかないを出してくれるのです」
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