第1章

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  賢太郎事件帳(四)             篁   はるか 「片瀬先生、片瀬先生、すぐ、すぐ来て下さい」  風間同心の子分の辰三の声を聞き、西町奉行所配下の医師、片瀬賢太郎は、同心長屋を飛び出した。お役目過ぎ去った刻限である。お役目は〝遺骸検め〟を仰せつかっている。同心ではない賢太郎が長屋に入れたのは、風間同心のお蔭であると、いつも賢太郎は思っている。だがその一方で、辰三がいつも我が身を〝先生〟と呼ぶことにはいまだに慣れていない。しかし、辰三が来たのだ。何かあったに違いないと、いつもの葛籠を肩に掛け、辰三のあとを追った。  京。まもなく冬がくるかのごとく、時雨があがった後の道はぬかるんでいた。足をとられないようにして賢太郎は辰三とともに、走った。 「先生、こっちどす」  場所は、酒を出す店が立ち並んでいる所だった。四條に近い。うら寂しいその四つ角に、二人の男が倒れていた。一人はどう見ても遊び人風、もう一人は職人風と賢太郎は見た。  まず、遊び人を検分する。息をひきとっていた。腹に傷があり、そこから血が流れ過ぎたのだろう。もう一人は、息があった。当身でもくらったのか、意識はなかったが、生きていた。その傍に、血のりが付いた匕首があった。 「風間さん、こっちの遊び人風な人は、もう息をひきとっていますので、番屋に運んで下さい。こちらの職人さんらしい人は、まだ息がありますので、折井先生のところに連れて行って、手当をお願いします。どうやら、大事な証人とみました。この匕首は、〝遺骸検め〟に入り用なので、わたしが一旦預からせて頂きます」 「分かった。辰三、戸板を持って来い。それと、駕籠や」 「へい、わかりおした」  と、すぐさま遊び人風な人物は、番屋に運ぶために戸板に乗せられ、向かった。  おや、と賢太郎は思った。 「風間さん、ちょっと明かりを照らして下さい。この、遊び人風な人が倒れていた跡は、地べたが乾いています。先ほど、時雨がありましたね」 「うむ、辰からの知らせを聞いて飛んで来たのは、時雨上がりだった」
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