第1章

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 と賢太郎は葛籠のなかから携行の筆と紙を取り出し、さらさらと筆をはしらせた。  あっという間に、その遊び人の似せ絵ができあがった。 「では辰三親分、これを持って行って下さい。また、この派手な着物の柄も手掛かりになるでしょう。赤目の大きな格子柄ですから」  賢太郎は今日もお調べ書きの部屋にいた。先日時雨降った日の死人の〝遺骸検め〟の書面は、既にお奉行の元に出してある。但し、下手人のところと、死人本人の名は空白のままだったが。  刻限の異なる死人が、昔のお調べ書きにもあったのかどうか、調べていたのだった。  あった。違う場所で殺められて、違うところに運び込んだ一件があった。違うところに運び込む際、時が移ったのだと記されていた。 「片瀬先生、片瀬先生」  また、〝先生〟だ、いつものことだが、辰三に呼ばれると、どうも似合わないと思うのが賢太郎だった。 「先日の、時雨の仏の身元が分かりおした。木屋町からぐっと下がったところにあるあいまい宿にしょっちゅう出入りしていた、一平という奴どす」 「その、一平という人には、決まった職があったのですか」 「いえ、おません。その、あいまい宿から幾何かを、小遣いだといってはせしめていたそうどす」 「では、職人の二助さんは、何か分かったことがあったのですか」 「今日、風間の旦那が、聞くことになってるそうどす」 「では、辰三親分、風間さんが、二助さんに聞くところを、わたしがどこか、控えのところでもいいのですが、二助さんの話を聞くことができるのか、風間さんに聞いてみて下さい」 「へえ、分かりおした」  二助は、時雨の日、倒れていた。折井先生のところで手当てをした後、回復したとのことで、西町奉行所に連れて来られていた。  奉行所には、吟味に使う部屋がある。そこに二助がいた。吟味与力ではないのだが、風間が、子細を尋ねると言って、二助を呼び出したのだった。 「二助、あの時雨の日、何が起こったのか、もう一度はっきりと聞かせてくれ」 「何度も申し上げました通り、旦那に医者に運んで貰ったまでのことは、覚えておりまへん。  あの前の晩、女房から〝子が流れた〟と聞かされ、もう生半可な慰めは、女房にはできないと思いました。四度、流れているのどす。一番つらいのは女房どす。わてには、子が持てないのかと、気落ちしました。
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