第1章

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 時雨の日、仕事上がり家に帰るとなると、女房の顔を見るのがつらく、つい、酒に頼ろうとして、暖簾をくぐりました。よっぽど、わての顔が気落ちしていたように見えたのでしょう、先客のお武家さまが、〝一緒に飲まんか〟とお誘いになられました。このように、職人風情のわてをお誘いになられるとは、余程わての具合が良くないとご覧になられたのでしょう」  そこまで聞いて賢太郎は、思わず飛び出して、二助の元に走り込みたい気持ちを抱いた。 (嫁の子流れ、それも四度、医師のわたしにも珍しい事柄、子は授かりものだというが、四度の子流れ、その嫁を診てみたいものだ。何か、その元があるはずだ。例えば、きつい動きを毎日していたのかとか、体に障るものを食していたのだとか。それと、〝先客のお武家さま〟とはどんな方なのか。この二助さんの子細に係わるとみた)  賢太郎、傍にいた辰三に、そっと、声をかけた。 「辰三親分、今二助さんが言った、〝お武家さま〟の似せ絵を、わたしに描かせて貰えまいか、風間さんに聞いてみることはできないのでしょうか。その〝お武家さま〟が、二助さんの証人になられるやも知れません」 「ちょっとお待ち下さい」  言うな否や、辰三は、風間の元に向かって行って、耳元で、賢太郎が言ったことを伝えた。 「二助、今言うた〝お武家さま〟のお顔を覚えておるのか」 「はい、職人風情のわてにわざわざとお声掛け下さった方、覚えております」 「では、医師、片瀬をこれへ」 「はい、片瀬です。医師ですが、似せ絵も描けます。二助さん、細かいことをいろいろと聞きますが、似せ絵に使う事柄です。それに、二助さんに係わりがある〝お武家さま〟を捜す手がかりとなります。できる限り、詳しくお願いします」  と賢太郎は、二助から聞いた〝お武家さま〟の似せ絵を描きだしていった。  描きだすにつれ、賢太郎は、おかしな心持ちになった。そのまま、描き進める。八割方描き進むと、風間までもが賢太郎の顔を見た。お互いに顔を見合わせる。  似せ絵が出来た。と、風間が賢太郎を控えの間に引っ張っていった。 「賢太郎、この似せ絵は、お奉行ではないのか」 「はい、わたしも、二助さんから聞いたことをそのまま描きました。  お奉行さまとみて間違いございません」
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