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「お奉行は、確かに、町の様子をみるために、身をやつしてのお出かけがままある。それも、わざと刻限をいろいろと変えてのお出ましである。
この二助の相手をしたのは、お奉行と見て間違いなかろう」
「そうですね、二助さんの話した事柄に、お奉行さまは、心移して、二助さんにいろいろとお話しなさったのかも知れません」
「となれば、時雨があった刻限には、二助は四條にはいなかったことになる」
「ですが、お奉行さまに証人となって頂く訳には参らないでしょう」
「それはそうだ。二助には、今だ嫌疑が残っておる。その人物に対して、お奉行が証人となることはできない。お白洲は、必ず公正明白なものである。お奉行のお裁きに、一点の曇りがあってはならない。それを支えるのは、我ら同心なり与力職のものである」
「どうしましょう。わたしは、二助さんの身の上が案じられます。女房どのの身を気にして、暖簾をくぐったとのこと。そうして、二助さんはつい自分の身の上を問わず語りをしてしまった。もう少し二助さんのその後の足取りを聞いて下さい」
「うむ、分かった」
そう言って、風間はまた二助から話を聞くことにした。
「二助、その店で、〝お武家さま〟とどんな話をしたんか」
「つい、愚痴になりおした。〝お武家さま〟は辛抱強くお聞きになられました。そのあとどす。わての後ろに座っていた、遊び人風なものが、『そんな湿っぽい話はやめろ。ここは酒を飲むところや』と因縁をつけてきました」
風間、その遊び人が、殺された一平だと思った。
「その遊び人は、派手な着物を着ていたんではないんか」
「そうどす。わても、酒が入っておりましたんで、つい、喧嘩の相手をしてしまいました。どすが、店の者、〝お武家さま〟がとりなして下さったので、そこは一旦収まりました。思わぬ喧嘩で、酒がぐっとまわって、店を出てからのことは覚えとりまへん。気が付くと、お医者のところにいました」
「では、その店を出てからのことは覚えておらぬのだな」
風間、ここは、その二助が呑んでいたという店を洗い出すことが手掛かりになると思った。店で喧嘩騒ぎがあったのだ。誰かがそのことを覚えているかも知れない。
「二助、その店の名を覚えておらぬか」
「ついふらふらと入った店どすんで、覚えておません。烏丸の近くだったとは思うんどすが」
「分かった。今日のところは、もう下がれ」
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