第1章

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 風間は、二助を元の牢に向かわせた。 「辰三親分、二助さんの親方は何と言っていましたか」 「何でも、えらく熱心な職人で、一つの仕事は必ず自分が最後までやり遂げるのだそうで、あっしには版元の中身が分からしまへんので、うまく言えませんが、何でも、一つの仕事が十丁の版下であれば、親方は二、三人で分けて早く彫りを終えさせるんどすが、何人もの手が入ると、書物の読み手の気持ちが変わるとかで、二助は読み手のことまで考えて彫りの仕事をやっているとか」 「すごい心がけですね。読み手のことまで考えて彫りの仕事をする人に、人を殺めることができるとは考えにくいですね」 「ならば、二助が喧嘩騒ぎした店を洗い出すか」 「そうですね。それと、死んだ一平という人が出入りしていたあいまい宿に、別な遊び人がいるのかどうか、それも調べて下さい」 「賢太郎、どうした」 「あいまい宿の別の遊び人が、たまたま二助さんと一平という人の喧嘩を見ていたかも知れません。それを都合よく使ったとしたら、どうなるでしょうか」 「一平は、職にも就かず、あいまい宿から小遣いをせびっていた。  そうか、あいまい宿にとっては、厄介な奴だった、ということか」 「まだ、何とも分かりませんが、どうも二助さんが殺めたとは思われません。時雨にあった刻限も違うようですので、何か訳がありそうです。それに、せっかく二助さんから聞いた似せ絵を描きましたが、お奉行さまと思われますので、〝お武家さま〟の線をあたることができなくなりました」 「分かった。辰、早速聞き込みや」  そう言って、風間、辰三は、すぐに奉行所を飛び出して行った。  賢太郎は、二助が話していた女房のことが気になり、版元雲草堂の親方から二助の住まいを聞きだし、向かった。本来ならば、〝要らぬお節介〟にあたることなのだが、どうにも女房の調子が気にかかった。 「ごめん下さいませ。四條の、折井玄庵のところから来た、片瀬というものです」  二助の女房、おはるが、〝折井玄庵〟という名前に聞き覚えがあって、出て来た。夫二助が折井玄庵のところに運び込まれたことは、聞いている。その後、奉行所に留め置かれているので、いつまで留め置かれているのか、心配で仕方なかった。 「はい、二助の女房、はるどす。  うちの人はどうなるんどす。どうなんどす」
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