第1章

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「いえ、わたしは、お役目の者ではありません。二助さんのことは、分かりません。ですが、二助さんがお話されたことで、気になりまして、おはるさんのところに来ました。わたしは、医師です」  と、賢太郎は、おはるの姿をじっと見た。細い。顔色は、悪い。時雨の前の日に、子流れが分かったのだ。調子は良くないと見た。 「おはるさん、二助さんが話されたことで、気になりまして、お伺いしました。  子流れと聞きました。お辛いでしょう。ですが、わたしは医師、度重なる子流れ、何か曰くがありそうだと、思いまして拝見に参りました」 「……、そうどすか。  うちには、もう子が生せない、そう思うと、うちの人に何と言い訳がたつのか、いえ、もう子を生さない我が身のことをどう思っているのか、考えるだけでも身がよじれそうどす。……、子も生さない女房は、もう女房ではおません」  かなり思い詰めていると、賢太郎は見た。これが、二助の荒れた気持ちにつながると思った。ここは、しっかりと医師の言い分を伝えねば、このおはるの気持ちは和らぎそうにないと考えた。 「おはるさん、〝子は天からの授かりもの〟と言われております。ここは、気持ちを和らげて、二助さんと仲良く日々を暮らすことが、肝要だと思います」 「ですが、うちの人が、まだ帰って来ません」 「それは、お役目方のことですので、わたしには分かりません。  ちょっと、毎日の、食されているものを教えて下さい」  と言うと、おはるは、今食べているもの、好きなものとかを、言い出した。 (ああ、これでは、精の付くものを食べていない。あっさりとしたものしか、食べていない。何故なんや)  とそこで、賢太郎は、滋養のつく食べ物を書面に書き出した。 「おはるさん、ここに滋養のあるものを書き出しました。これに添って、食されるのが、一番だと思います」  おはるは賢太郎が書き記した書面に目を通した。 「うち、脂っこいものは苦手どす。さっぱりしたものが好きどす」 「それではいけません。今の時期なら、冬に向かって脂ののった魚がいいんです。それと、なんきんです。夏に滋養を貯めたなんきんは今時の貴重な野菜です。どんどん食べて、体に滋養を付けて下さい」  はあ、と言ったおはるであるが、何とも答えようがなかった。
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