第1章

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「ともかく、片瀬には受牢を申しつくる。〝遺骸検め〟には、折井先生に臨時役として行って貰う」 「お奉行」  だがお奉行は、言うべきことは言ったかのように同心詰所からさっと姿を消した。残された同心たちがざわめき立つ。 「賢太郎」 「わたしにも分かりません。ですが、お奉行さまの命、これには曰くがあるのではないのですか」 「いくらお奉行の命でも、俺にはお前に縄をかけられない」  風間、皆がまだこの場にいる中で、奉行所配下の医師である賢太郎に縄をかけられない、またかけることもできない自分がいた。と、そこへ、風間の同輩の筧が近づいて来て、 「ここはともかく、お奉行のおっしゃるとおりにすることや。これからのことは、俺らが、どんなことをしてでも、片瀬を牢から出すことに心を一本にして、かかる」 「……、筧、分かった。では、賢太郎、こっちや」  と、縄は打たずに、賢太郎の肩を押しながら、牢へと向かった。その後、辰三には折井先生を呼び出し、胡蝶が見つかったという桂川近くの番屋に案内するように、風間は指示した。  桂川近くの番屋には、もう折井玄庵が来ていて、〝遺骸検め〟を行っていた。 「人使い荒い奉行だのう。わしは、とうにお役目返上しておるのに、この年寄を呼び出す。なんともなあ。  ところで、駿介、何で、賢太郎がおらんのだ。わしは賢太郎にお役目を託したのだぞ」 「いえ、……、訳は分からないのですが、この仏、胡蝶というのですが、胡蝶が度々賢太郎に会いに奉行所にやって来ることをお奉行が聞き及ばれて、胡蝶との結びつきを禍と思われたのかも知れません」 「胡蝶。何とも荒れた生き方をしているように見える。うら若き女子らしゅうない。  どれどれ」  と玄庵は、胡蝶の腹を押す。ぷっと口から水を吐いた。 「おお、これは、まだ息の音があった頃に川に放り込まれたらしい。息苦しさのあまり、水をたんと吸うたとみえる。  着物の打ち合わせに乱れがある。あまりの息苦しさに耐えかねて、裾を乱したとみえる」 「では、先生、この胡蝶は、まだ生きているうちに、川に投げ込まれたということなのですね」 「そうだ。首に絞め跡もない。どこかで気を失わされて、この川に放り込んだのであろう」
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