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なんとも酷いことで、命を失った胡蝶。奉行所に来て、その後二日の間に何かがあったのだ。それを調べることが、賢太郎を牢から出し、胡蝶の怨恨を晴らすことにつながると風間は思った。
「駿介、この胡蝶とやら、この稼業は何年やっていたのか、分かるか」
「はい。実は、元は尼御前で、西山の麓にある〝月光院〟におりました。
とあることで、自らの出生を知り、尼寺を出奔し、二年のこの暮らしです。庵主さまも気にかけておられました」
「よくそこまで調べたのう。まあ、賢太郎に係わることなのだな」
「そうです。この胡蝶、賢太郎に気があったようで、しばしば奉行所に来ては、賢太郎を呼び出そうとしておりました」
「であるならば、ままあることではあるのだが、この胡蝶、身分高く生まれついたのではないのか」
「よく御存じですね。そうして、本来の身分で生きていけなくなった自分に、自分の、または回りへの怨恨で、かような稼業に身を投じた、と思われます」
「そうか……」
と言ったきり、玄庵は眼を閉じた。ややあって、
「では、この胡蝶、本来の身で、仏の御元に行けるようにするとしよう。
駿介、この胡蝶の得度名は何というのだ」
「智蓮、といいます」
と玄庵は自らの葛籠から、徳利に似たような入れ物を取り出し、中に入っている液体のようなものを晒の小布に浸し、胡蝶の顔を丁寧に拭い始めた。
「胡蝶の顔の化粧は、鉛白で白く白く見せようとしている。だが、鉛白は、その名の通り、鉛が多く含まれている。毎日毎日塗り込めていたのなら、鉛の毒が体に入り込み、その内毒素で体が普通でなくなる」
「先生、その拭っている液は、何なのですか」
「これは、鮫の脂である。かように凝り固まったものを溶かすものだ」
「鉛白とはそのように恐ろしいものなのですか。女子の顔を装うものでも」
「そうだ。女子の顔を美しくみせるものが、毒になる。体が病んでいくものだ」
そうして、玄庵は胡蝶の化粧をすっかりと落とした。そのあと、細かいさらっとした粉を胡蝶の顔にそっとなでつけた。
「駿介、ちょっと、この胡蝶の半身を起こしてくれんか。今の胡蝶の髪型では、智蓮とは名乗られんであろう。せめて、尼削ぎにして、送りたいもんでな」
玄庵の葛籠には、何でもあるみたいである。風間は賢太郎の葛籠も見て来たので、余計に感心したのであった。
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