第1章

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 胡蝶の半身を起している間に、玄庵はあっと言う間に胡蝶の髪型を解き、髪を櫛解き尼削ぎにした。櫛も持っているのかと驚いた。 「先生は、櫛もお持ちなのですか」 「ああ、男ならば、髷を直してやるのも務めだ。骸となったとはいえ、その前までは、命あるものだ。敬う心根がなくては、お役目を果たしているとは言えん。  これで、仏の御元に行けるであろう。智蓮としてな」 「先生、いろいろなことを、たくさんお教え頂きました。この私、まだまだ知らぬことが多いことを思い知らされました。ありがとうございます」 「何の。この年寄のことで、物事が進めば、駿介にとってもよいのではあるまいか。  では、〝検め書き〟を書くとするか」  とすらすらと玄庵は書き出した。さすが、長年お役目を仰せつかっていたこともあって、壺のはまった〝遺骸検め〟が出来上がった。その後、何か書面をしたためる玄庵だった。 「このあと、智蓮を無事月光院に送ってくれ。まあ、今日は、西山までは遠かろうと思うので、明日の朝一番でも送ってやればよかろう。その際に、わしの書状も持って行ってくれ。かような仕儀になったことについて、庵主さんに伝えるためだ。頼んだぞ」 「はい、分かりました」 「では、〝検め書き〟だ。お奉行にしっかりと取り次いでくれ」  手渡された〝遺骸検め〟の表書きを見て、風間ははっとした。署名は片瀬の名、添え書きに『折井玄庵』とあった。 (玄庵先生、お気持ちは、お奉行にしっかりとお伝えします)  この後、玄庵を四條のお屋敷に送り、風間は奉行所に向かった。  奉行所に着いた。行き先は勿論、賢太郎のいる牢である。牢番に言って、賢太郎に会う旨を伝える。牢番は何も言わなかった。但し、何か記していた。 「賢太郎、具合はどうや」 「いたって普通です。食事も頂きましたし」  風間は、今日の胡蝶の〝遺骸検め〟の子細を語りだした。 「そうですか。先生は、署名をわたしの名にしたのですね。いかにも先生らしいです。  先生は、お役目を自ら返上なされた。此度の臨時役とても、あくまでもお役目はこの片瀬である、そのようにすることで、先生は、脇に入られた。おそらく、お奉行にお伝えすべきだと思われたのでしょう。  で、風間さん、胡蝶の足取りは掴めたのですか」 「いや、今日は〝検め〟があったので、俺は町廻りをしていない。多分、筧が廻ってくれているはずや」
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