第1章

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 と、四條に近い小間物屋高倉屋の若旦那の直吉が、昨日の昼過ぎに戻って来て以来、伏せっているとのことであった。この直吉、夜遊びが好きで、家業に精を出していないと、高倉屋の主が嘆いていた。おとといも、店を出たきり戻って来なかったので、困ったことだと思われていた。直吉の顔形は、男前と言われていた。齢も若い。風間は、番屋で話が聞きたかったのだが、伏せっているとのことなので、連れてくることもできずにいた。  ここは、また賢太郎の知恵を借りるかと、奉行所に戻って来た。そのまま牢に向かう。牢番は、今日も何も言わずに通してくれた。また、記帳はしていた。気にも留めず、 「賢太郎、おとといの晩に、胡蝶らしい色の際立って白い女とあいまい宿に入った男が浮かんだ。四條の小間物屋の若旦那の直吉というのやが、昨日の昼過ぎに店に戻って、伏せっていて、番屋で聞くこともできん」 「おとといの晩で、昨日の昼過ぎに戻って来たのですね。ならば、その直吉さんから話を聞かねばなりません。  風間さん、その直吉さんに、『しょうがの擦ったもの』を湯呑一杯飲ませて下さい」 「それで何とかなるんか」 「はい、まず、しょうがの擦ったもので体を温めます。体が楽になります。しょうがは、その上で、気持ちをしゃんとさせます。そこで、聞き込みができるでしょう」 「分かった。だが、しょうがは」 「錦ですよ。前にお連れした、錦通りに、しょうがを売っています」 「おおきに、やな」  言うな否や、風間は奉行所を飛び出して行った。そのまま、筧と同道し、四條の高倉屋に向かい、主に取り次ぎを頼む。当然、伏せっているからということで、一旦は断られた。だが、妙薬を持参したと強く願い出ればお役目とあって、高倉屋の主は、直吉に会うことを許した。 「高倉屋、これは、直吉の今の病に効くという薬や」 「これは、しょうがでございますな。このようなものが、果たして効くのでしょうか」 「奉行所の医師が処方したのだ。すぐさまこのしょうがを擦りおろして、直吉に飲ませろ。それも湯呑一杯である」 「はい、分かりおした」  風間、筧の目の前で、しょうがは擦り出され、直吉にすぐさま飲ませられた。  まず、飲ませられる。そのきつい刺さすような味目にまずは気持ちがしゃんとなった直吉である。その後、胃の腑に入ると、しょうがの暖かさが沁みてきた。  直吉は、体を起き上がらせた。
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