0人が本棚に入れています
本棚に追加
賢太郎、昨日、娘にしては、着物の着付け方が変やと言うていたな。昨日、お前の草履の鼻緒をすげかえた女が、今日、それもこの奉行所に来る、とは、なるほど、勘働きがあったと見える。お前の名を告げて門番の係りに取り次いだんか。いや、お前の姿を告げての呼び出しかも知れん。お前は、自ら言うているように、童顔、小柄、歳若に見える。
言われてみれば、賢太郎に何の曰くがあるのか。分からんな。分からんことは、調べるに限る。
では、早速に、明日から、捜してみよう」
「ありがとうございます」
風間の昼番では、『胡蝶 』は突き止められなかった。そして、『胡蝶』はまた賢太郎を訪ねて奉行所に来ていた。賢太郎は当然居留守を使った。
その日。風間は夜番に当たっていた。町廻りも勿論だが、盛り場の見回りも肝心である。酔客のいざこざなど、結構あるので、それも念頭に置いての見回りである。
と、木屋町からぐっと下がった高瀬川に掛かる小橋のたもとで、立女郎を見つけた。暗がりなので、女郎の顔ははっきりしない。が、賢太郎が言っていた着物の着付け方が変わって見えた。緋色の帯が、風間の目に入った。
(この女か。立女郎ならば、抱え主がないんで、どこの者なんか分からん)
ともかく、聞くことにした風間だった。
「お前、名は何という」
「へえ、胡蝶どす」
「いつから、この稼業をしておるのだ」
「お役人さま、そういう粋でないことは、お聞きにならんでおくれやす」
その、胡蝶の顔を見てみる。夜の暗がりでもはっきりとわかる、肌の白さだ。そうして、眼を見る。さすがの風間でも、吸い込まれそうになる眼だった。
(これが、賢太郎の言うていた眼か。なるほど、怪しい眼や。男を骨抜きにするような眼や。この眼で、何人の男をたぶらかしていたんか。いやいや、賢太郎から話を聞いていなければ、この俺も怪しく取りつかれていたかも知れん)
「分かった。今日のところは、引き下がろう。せやが、また聞きに来るやもしれん」
「お役目、ご苦労さまどす」
風間は一旦その場を離れた。だが、胡蝶と名乗る女の、顔の抜きん出た白さ、そして独特のまなざしのこと、ここら界隈では知らぬ者があるまいとみて、近くの店に入って聞き込みを始めた。
最初のコメントを投稿しよう!