第1章

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  賢太郎事件帳(六)             篁   はるか  京、西町奉行所配下の同心、風間は、今日の見廻り先の西陣を歩いていた。勿論、子分の辰三も一緒である。 「なあ、辰、ここらで飯とするか」 「いいどす。あっしもはらぺこどす」  ちょうど、初春のお日様が天空高く昇っていた。  とある一軒の店に入る。ふたりとも、どうといって決めた訳ではない。とにかく、飯が食えればいいのだと言わんばかりであった。実際、そうなのだが。  店の中に入る。 「おやじ、飯、二人分や」 「へい」  何といって、いたって普通の店だった。と、先客が、風間の姿を見て、慌てて出て行った。風間は町廻り同心の恰好をしていた。それで出て行ったのかと、風間は少々気になった。同心の姿を見て出て行ったとなると、訳ありとみなされても仕方がない。先客は、男だった。  店のおやじが飯を出してきた。 「おやじ、さっき出て行った客は、この店によく来るんか」 「いえ、見かけたこともないどす」 「そうか。手間とらせた」 「では、ごゆっくり」 「旦那、どうしたんどす」 「いや、俺の姿を見て、慌てて出て行ったような気がしたんでな」 「旦那の気の回し過ぎちゃいますか」  と、辰三は気にも留めず、飯をかき込んでいた。だが、風間は少々心に引っ掛かるものがあった。 (気のせいならええんやが)  以前に、都を荒らしまくっていた、掏摸頭の五助をお縄にした。それで、子分ともどもひっくくったつもりだったのだが、残党がいるのかも知れない。五助はこの西陣あたりを根城にしていた。残党がいても不思議ではない。 (ちょっとここらあたりをしらみつぶしにあたってみるか)  と決めると、番頭に頼んで、西陣あたりを廻れるように、番換えにして貰うことにした。だが、しまったなと思ったのは、さっき出て行った客の顔を覚えていなかったからだ。ここで賢太郎がいれば、似せ絵ができたものを、と臍をかんだ。まあ、急に出くわした客だ。それに、五助の残党と決まった訳ではない。これから詳しく聞き込めば、何かあたりがあるかも知れない、そう思って、風間は飯を食べ終え、店を出た。 「辰、さっき出て行った客は、掏摸頭の五助の残党かも知れんと思ったのでな」 「それで、旦那は気になったんどすか」 「うむ、どうにもな。で、しばらくこのあたりを探ってみることにした」 「でも、五助にはとうにお裁きが出ましたんでは」
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