第1章

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「そうなんやが、どうも俺の勘がちくちくする」  辰三とても、〝親分〟と呼ばれる生業である。同心風間に言われれば、成程もっともと言う気になる。 「分かりおした」  それから数日は、特段に怪しそうな者には出くわさなかった。実際に怪しい者なら、町廻り同心の姿から離れるだろう、そう風間は思っていた。 「掏摸、掏摸、誰か捕まえて下さいまし」  女の声が聞こえた。西陣を廻っていた、風間、辰三は、その声の元に走り込んだ。と、その二人に体当たりするかのごとく男が走り込んで来た。この者が掏摸だと一瞬の判断で、男をひっ捕らえる。すぐお縄にする。掏摸は掏ったその場を押さえねばお縄にできない。 「おい、掏ったものを出せ」  男は、後ろ手から、紙切れを出した。そこへ、掏摸だと叫んだ女が、やっと近づいてきた。齢の頃なら二十二、三ぐらいか。 「お前、名は何と言う」 「へえ、しんどす」 「掏られたものは、これか」 「そうどす」  金子を掏られた訳ではなさそうだ。だが、このおしんは、紙切れを掏られたというのだ。何か子細がありそうなので、ここは、まだ街中であるため、掏った男ともども、上七軒の番屋で話を聞くことにした風間だった。  掏った男を仮牢に入れて、掏られたと言ったおしんから話を聞き出した。 「この紙切れが、大事なんか」 「へえ、うちは、西陣の帯の織り子どす。帯の織りの意匠を書き記した紙どす。織り子にとっては、織りの意匠は、命の次に大事なものどす。それを盗まれては、帯が織れまへん。また、別の者の手に渡って、要らんことがおきます。うちは、帯を織るのが生業どす。それが盗まれては、やっていけまへん」  風間、織りの意匠のことは分からなかったが、織り子にとっては命の次に大事だと聞かされて、確かに掏られてはこのおしんにとっては一大事であると感じた。 「話は分かった。あの男は確かに掏摸を働いた。お裁きはどうなるのかは、まだ分からない。また呼び出すことがあるやもしれんので、ところを聞かせてくれ」  と、おしんの居所を聞きだし、今日のところは、戻るように言った。そして、掏られたという紙を、おしんに返した。 「ありがとう存じおした」  おしんは礼を尽くして、風間に頭を下げ、立ち去った。  その足で風間は奉行所に戻り、賢太郎がお調べ書きの部屋にいることを見て、
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