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「賢太郎、医師の話ではないんやが、物知りのお前なら、何か知ってるかと、教えてくれ」
「風間さん、わたしは、おっしゃるような物知りではないと思いますが、何かあったんですか」
「今日西陣あたりを探索していた。掏摸だというので、捕えたんやが、掏られたものは、西陣の帯の織り子が持っていた、帯の意匠を書いた紙やった。
西陣の帯の織りの意匠とは、そんなに大事なもんなんか」
「はい、腕のいい、よく売れる帯を織る織り子は、自分限りの意匠で生業をしています。人にはまねのできない意匠で、帯を織り、またそれが高値に付きます。独特の意匠、それが高値に付く、そうして、その織り子の名があがります。扱ったお店も繁盛しますし、大体織り子の評判も大層なものになります」
「ならば、今日みたいに、織りの意匠が書かれたものは、金子同然の扱いと言うてもええんか」
「ええ、織り子にとっては、盗まれて誰かに帯の意匠を使われるのは、生業を盗まれるのと同じです」
「そうやったんか。金子以外でも、盗まれて困るもんがあるということか」
と言いつつ、風間は、以前の掏摸頭五助を捕えた時のことを思い出していた。あの時も、掏られたのは金子ではなく、銀でできた菓子切だった。だが、銀なので、値打ちものだということで、捕えたのだった。
「で、風間さん、その織り子に、意匠が書かれた紙を返されたんでしょう」
「うむ、織り子のおしんが一身に言うもんやから、返した」
「そのおしんさんは、今頃ほっとしているでしょう。他人に意匠が渡らずに済んで、喜んでいるのではないでしょうか」
「そんなのもんなんか」
「そうです。風間さんは、西陣に、何かあたりでもつけられたのですか」
「何日か前やった。たまたま、西陣を探索していた。昼飯で、店に入ったら、俺の姿を認めたのか、慌てて店を出て行った男がいた。その時には、顔も覚えていなかったのやが、何かおかしい、勘が働いた。そこでしばらく西陣を張っていた。で、今日の出来事やった。そいつが、今日の掏摸なのかは分からんのやが、何か、まだ誰か居そうな気がする。
織り子の意匠を盗むなどとは、他にもあるやも知れん」
「そうですね。
他の織り子も狙われているかも知れません。いや、もっと大きな、つまり、〝意匠狙い〟ばかり働いて、意匠を売りとばして、あくどい稼ぎをしている、人数の多い連中があると思われます」
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