第1章

2/10
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
  賢太郎事件帳(七)           篁   はるか  京。西町奉行所、同心詰所。お奉行が出座された。 「昨日もまた、若い女子の行方知れずとの届出があった。町廻り方は、重々心得ること」  簡潔に、述べることだけ言って、お奉行は退座された。同心一同、またもやかと騒々しくなった。風間は、後方隅に居るはずの医師、片瀬賢太郎の思いを感じとっていた。 (賢太郎、お前の気持ちは痛いほど分かる。が、どうにも……な)  風間は賢太郎に近づいた。 「風間さん、顔に書いてありますよ。何とかしろ、って」 「分かってるんなら、答えを出せ」  賢太郎は、もう風間の言いぐさは心得ているかのごとく、 「行方知れずの女子のつながりですよ。これは、町廻りの風間さんの得意ではないですか」 「そうなんやが」 「だったら、早速にも、聞き込みですよ。まあ、風間さんらしくもないですね」 「分かった分かった」  言いつつ、早速に町廻りに向かった風間、辰三であった。  賢太郎としても、風間の言うことには、何か調べなくてはならない、そう感じてお調べ書きの部屋に向かった。  若い女子の行方知れずは、お調べ書きに嫌と言うほどあった。訳もそれぞれにあった。と言うことは、此度の行方知れずのことは、今までのお調べ書きの例と比べるのには早計だと感じた。ならば、今、行方知れずの女子のそれぞれの子細を知ることが大事なのではないかと思ったのだが、肝心の風間が町廻りに行っている。ーー賢太郎が〝聞き込み〟をさせたようなものだ。町廻り日誌をそれぞれの同心から見せて貰いたかったのだが。  あまりあてにはならぬかとは思ったのだが、とりあえず以前のお調べ書きのまとめをすべく、賢太郎は書面を見比べ、自身の覚え書きに記し始めた。  ざっとみると、まさしく〝神隠し〟に遭ったようなことで、本人も見つからず、手掛かりなしの件(これは売りとばされていたかも知れない)。親の病気の薬礼が払えず、高利と知りながらの借金の挙句、娘の身売り。親元の没落により一家離散のため。 (ああ、これでは、どうにもならない。此度の件と何かつながりでもあるのかと思ったのだが、町廻り日誌を見せて貰わねば、埒が明かない)  さすがの賢太郎も頭を抱える始末だった。風間が町廻りから帰って来るのを待つしかないと、賢太郎は腹をくくった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!