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「巳之助、娘がいなくなって、どれくらい経つ」
「へえ、もう十日になりおす」
「ところで、巳之助、誰かから金を借りていたんではないんか」
「……」
「言わぬか。おせんの薬礼はどうしているんか」
おせんとは、巳之助の女房である。おせんは病持ちであった。
「……薬礼に事欠いて、ここのところ、医者にも診せておりまへん」
「おせんの病のことは、どうするんか。医者に診せんと、ますます具合が悪くなるぞ」
「分かってはおるんどすが」
風間は、二人の話を聞いていて、ふとあることに思いあたった。
(賢太郎や。賢太郎ならば、お役目を隠して聞き出すことができる。それに何といっても賢太郎は医師である。医師の話なら、二人も聞くだろう。それに他にもいる、この二人のような人間からも話が聞けそうや。しばらくは、賢太郎に任せたほうが早いかも知れない)
そう考えると、風間は早速賢太郎と攻守交代すべきかと、奉行所に戻った。
いつものお調べ書きの部屋にいた賢太郎に、思いついたことを矢継ぎ早に喋り出した風間、賢太郎の思いなどそっちのけで、
「なあ、賢太郎、ええ考えやと思うんやが、引き受けてくれんか。勿論、お奉行には、俺から上申する。医師のお前ならば、親たちは話を始めると思うんや。頼む」
「はあ、分からぬではありませんが、そううまくいくでしょうか。確かにわたしは医師ですが、お役目のことには疎いんですよ」
「薬礼がからんでいるんや。薬礼ならば、お前の出番や。俺らよりは詳しいはずや」
「まあ、そうですが」
「とにかく、やってみてくれんか。頼む」
ここまで風間に言われれば、賢太郎とても断ることはできなかった。確かに、薬礼のことは、風間よりは詳しく知っているつもりだった。
「分かりました」
「そしたら、親の名前を記した書面を用意する。それで、親元をあたってみてくれ」
賢太郎は、巳之助、おせんのところにやって来た。
「ごめん下さい。わたしは、四條の折井玄庵のところから来ました、片瀬というものです。折井先生から言付かって、おせんさんの様子を覗いに来ました」
おせんは伏せっていたので、巳之助が出て来た。巳之助は、折井玄庵という名に覚えもなく、また、片瀬という人物がやって来たことに心覚えがなかったので、
「あの、どういったことどすやろか」
賢太郎は、予想したとおりのことだったので、折井玄庵の名を出した。
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