第1章

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「……いえ、うちの人は、ここには来ません。うちが、ここに来んといてと言うてましたから。ここに来て貰うては困りおすんで」 「おなつ、今日は店を上がらせて貰え。家に帰れ。おやすの元にいろ。  浅吉のことで何か分かったなら、すぐに教えてくれ」 「……」  もうおなつは前掛けを外して、家に帰ろうとしていた。そこへ店の主が、 「旦那、何があったんどすか。おなつはうちの使い者どす」 「おなつの子が死んだ。亭主、おなつを帰してやってくれ」 「どないしたんどすか。……そんなら、おなつ、家に帰りなはれ」 「へえ、すんまへん」  と慌てて帰って行くおなつだった。 「亭主、おなつの働きぶりはどうやったんか」 「へえ、ここは、こんな茶屋どすんで、僅かな給金しか払えしまへんが、おなつは真面目に働いてくれおした。家には幼子、稼ぎのない男を養っておりました。何ぞ訳でもあるんかと思っておりおしたが、おなつは言いまへん。わても、言わんものに無理強いするのも何やと思いましたんで、聞かんことにしました」 「そうか。  亭主。おなつの子が死んだので、おなつはしばらく休むだろう。その後も、今まで通り働かせてやってくれ。おなつがそう頼んだらの話やが」 「旦那、分かりおした」 「で、浅吉とやらがここに来たら、教えてくれ。番屋にでも言付けてくれたらええ」  と言い残して、風間は浅吉を探しに、茶店を離れた。またもう一遍長屋に戻ることにした。浅吉が戻っているかも知れない。辰三ともつなぎをとりたかったし、賢太郎の言葉も聞きたかった。  長屋に来た。おなつが戻っていた。泣き続けていた。訳も分からず、子の骸にあったのだ。朝出かける前の元気なおやすの姿しか、覚えていない。ただ泣くだけのおなつだった。 賢太郎は、静かにおなつの横に坐していた。 「おなつ、こんな時に聞くのは悪いんやが、お調べのことや。言うてくれ。  おやすはいつもどうしていたんか。それと、浅吉は普段はどうしていたんか」 「……うちが店に行く前に、お隣のおとしさんに、おやすを預けて行くんどす。おとしさんが守りをしてくれおす。  うちの人は、分からしまへん。職も長続きしまへんので、うちが働いています」
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