第1章

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「おやすのことやが、大きな泣き声のあと、物音が聞こえ、その後泣き声がぴたりと止んだそうな。近所の人が掛けつけると、おやすは倒れていた。そこへ、俺が駆けつけ、すぐに奉行所の医師が来て、手遅れだと言った」 「それがわたしです。ここに来たときには、既にこと切れていました。訳は分からないのですが、この子は上から投げ落とされ、打ちどころが悪くて、首の骨を折ったことが、亡くなった元です」 「……そうどすか。でも、何で、何で」  とまた涙が止まらないおなつだった。 「浅吉が帰って来たら、教えてくれ」  言い残して、風間、辰三は聞き込みに廻り出した。賢太郎は、奉行所に戻って、〝遺骸検め〟を作成するつもりだった。  決まった職もない浅吉がどこにいるのか、杳として分からなかった。風間は不思議でならなかったのだが、地道に聞き込むしかないようだと、町廻りをしていた。もっと分からないのは、賢太郎が、「浅吉が子を投げ落としたようだ」と言ったことだ。どうしてそんなことが分かるのか、医師ゆえの見立てなのか、浅吉を捜せとまで言った。浅吉とおやすは実の親子だ。それが何故浅吉なのだ。町廻りの間中、考える風間だった。 「辰、一旦奉行所に戻ろう。賢太郎の言葉が聞きたい」 「へえ、あっしも足が棒になりおした。ここらで一服しとうおます」  と奉行所のお調べ書きの部屋に向かった二人だった。  賢太郎はお調べ書きの部屋ではなく、同心詰所の片隅にいた。〝遺骸検め〟を作成していたのだろう、書面に筆を走らせていた。 「賢太郎、何故浅吉を捜せと言うたんや」 「はい、浅吉は、若くして親になりました。おそらく十七ぐらいでしょうか。親としての実感がないままに、今日まで生きて来た。日々のたつきは、おなつさんに任せたままです。今日、子が突然に泣き出したとしましょう。泣いた子をあやす術など、浅吉にはないはずです。で、どうすればいいのか、頭が回らず、子を揺さぶった。揺さぶればまた子が泣く。思い余って、子を投げ飛ばした。そして、子は打ちどころが悪くてこと切れた。  思い余ってのことでしょうが、浅吉がやったことは、子をあやす以上のことをしてしまった。もうこれは、とある感情があったとみて間違いないです。  医師として、言うんです」 「ならば、浅吉が、わざとやったと言うんか」 「ええ、子をもて余しての行いとみていいですね」
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