第1章

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「『どうしよう』って、幽霊が出るのはどうせ夜だろ。昼間は心配ないよ」 「違うの! 今度学校で宿泊訓練があるんだよ」 「宿泊訓練?」 「うん。避難訓練の延長みたいなものだって。六年生全員で体育館に泊まるの」 「まあ……でも六年生みんないれば大丈夫じゃないか? トイレだって体育館の中にあるんだろ?」 「肝試しがあるの。校舎の中を一周するみたい」  夜の校舎で肝試しをやることが避難訓練のどのあたりに位置づけられるのか、全くピンとこないけど、小学校には小学校なりの指導要綱があるのだろう。それにそういったイベントは少なくとも男子児童の受けは良さそうだ。  この話を聞きつけた、美奈ちゃんのはす向かいに座る常吉が、沢庵を口に放り込みながら割り込んできた。 「肝試しっすか?」  コリッ。 「俺もボーイスカウトやってた頃、楽しみにしてたっす」  コリッ、コリッ。 「夏にキャンプしたら、必ず肝試しをやるんすよね」  ゴクン。  沢庵を無事飲み下してから、次はお茶へと手を伸ばす。ひとくちズズッと口に含んで味を確かめ、懐疑的に眉根を寄せて一気に喉に送り込む。 「ボーイスカウトの場合はキャンプ場の近くの森とか神社とかでやるんすけど、夜の校舎ってのは中々の正統派っすね。それに本物の幽霊まで出てくるってんなら、かなり気合が入ってるす! 蒲谷小学校は何年か前に児童の飛び降りもありましたしね!」  本物の幽霊が何に対して気合を入れるのか想像もつかない。お茶をすすりながら調子に乗る常吉は、美奈ちゃんの顔色がみるみる血の気を失っていくのを見て「あっ」と失言にブレーキをかける。しかし全速力で跳ね飛ばしていった後のブレーキに、あまり意味はなかった。 「ミッチー、助けてよぉぉ」  揺すれば零れてしまいそうなくらい、涙を溜めた美奈ちゃんから懇願されると俺ももう断れない。幸いにして今のところ全く暇がないというわけでもないし、本物の幽霊なんかいるはずもない。だから幽霊を捕まえる必要は無く、目撃証言を確認するくらいの事はやっても罰はあたらないだろう。 「わかったよ。その、幽霊を見たって男の子に話しを聞いてみよう」  美奈ちゃんは心底助かったというように、張っていた肩を緩めて涙を拭いた。 「ありがとう! 大工藤くんの家はね、小学校の近くの来来亭っていうラーメン屋さんの前だからね」
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