第1章

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 もう笑顔になった美奈ちゃんは、人差し指をピンと立てて『わかるでしょ?』とでも言うように目で諭す。 「まるで、ひとりで行って来いって言ってるように聞こえるけど」 「だって……」  美奈ちゃんは家では元気いっぱいで剽軽なところもある女の子だけど、慣れない場所では路傍の砂粒のように控えめになる。恥ずかしがりやで目立つことをとても恐れるのだ。 「大工藤くんとあまり仲良くないの。というか、話したことないかも」  大工藤くんと話したことが無い点で言えば、俺だって負けていない。それに大人の男が一人で小学生男子を訊ねて行くというのは、どう考えてもしっくりこない。大工藤くんの親御さんだって息子のもとにいきなり探偵が現れたら、あまりいい気分ではないはずだ。そんなことを考えながら、俺は美奈ちゃんと頭を抱える。横で常吉が無責任に、この夏流行ったホラー映画のテーマを鼻歌で奏でていた。  翌日土曜日、俺たちは大工藤くんの家を訪問した。結局いい案が思い浮かばず、家に帰ってきたところに声を掛けるという場当たり的な戦略だった。  門には御影石の表札が出ていて、その門の上にはシーサーの像が据えられていた。父親か母親のどちらかが、きっと沖縄出身なのだろう。  そのシーサーたちの姿がかろうじて見えるくらいの距離の十字路の角、自動販売機の陰に隠れるようにして大工藤くんの登場を待つ。大工藤くんは英会話スクールに通っていて、いつも土曜日の十一時くらいに帰ってくるらしい。住宅街に人通りはなく、穏やかな秋の気候は張り込みには申し分ない。自動販売機のコーヒーにもホットがセッティングされ、飾られた新製品が購買意欲を掻き立てる。久しぶりに見るモカブレンド。今買うと荷物になるから、今度必ず買ってみるのだと決心する。 「私たち、目立ってないかな?」 「大丈夫だよ。格好にも不自然なところはないし、怪しまれるような時間帯でもない」 「でもジュースも買わないのにここにずっといるのって変じゃない?」  タバコでも吸えば間が持つし、そのために伊達タバコを用意していた時もあった。しかしそんな事を気にするのは実は本人だけで、周りは期待するほど見てくれてはいない。本人が自然だと思っていたら風景に溶け込めるし、不自然だと考えていたら目立ってしまう、そんなものだ。意識が第三者にも伝播するという現象は事実としてある。 「来た!」
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