第1章

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 コーヒーは危なっかしい手つきに導かれ、ガラステーブルに一旦落ち着く。カップにはスプーンが刺さっていて、いかにもインスタントの粉を混ぜるのに使われたようだ。もちろんインスタントでも俺の方にはまったく不都合は無い。  左手の指先でカップの小さな取っ手を掴む。深みのある色合いは傾けると少しだけ透過度を上げる。強い香りを楽しみながら少しだけ口腔内に含んでみる。  ……苦い。  有り得ない苦さに驚いて顔を上げる。その時初めて、コーヒーを運んできた女の子が目の前のソファに座ってじっとこちらを見ている事に気付いた。相手から目を離すなと命じられた下士官のように生真面目な視線が、俺の目を射す。 「あ、失礼。コーヒーありがとう。実に、その、独特の味わいだった」 「探偵……なんですか?」 「ああ。君は大工藤くんのお姉さん?」 「大工藤栞菜、高校三年生です」  居住まいを正し背を伸ばし、口を大きく広げて明瞭に名乗りを上げる。まるで面接の練習のようだ。 「あの……万力が、なにか?」 「は?」 「弟の名前です。親が面白がって大工道具の名前を付けたから、皆さんそんな顔をします」  俺がどんな『そんな顔』をしているのか見てみたいものだが、それほどには顔色は変えてないはずだ。 「万力くんには、ちょっと調査の協力をしてもらいました」 「協力……ですか」  栞菜さんは安堵と落胆との中間の溜息をついて目を伏せる。何かを俺に伝えたがっているような様子が見受けられるが、コーヒーのお替りだったら勇気を持って断ろう。身構える俺に、しかし栞菜さんは言葉を続けない。俺は万力くんに向き直って本題に戻る事にした。 「もう少し具体的に教えて欲しい。幽霊はそれぞれどの辺りに居た?」 「銅像は、正門の反対側にある東門の前を歩いてました。日本兵は南校舎一階の図工室の前の廊下です」  万力くんが何を見たにしろ、先週の土曜日の夜、そこに何かが存在していたとするとどうやってそれを調べるべきか。 「……今日は土曜日だ。まずはその銅像でも調べてみるか」 「ミッチー、それがね。その銅像、もういなくなっちゃったの」 「いなくなった?」 「今週の月曜日にはもうありませんでした。僕が土曜日に見かけたのが最後だと思います」  蒲谷小学校で、いったい何が起きてるんだ?
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