第1章

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 大工藤家を後にして、俺たちは蒲谷小学校へと向かう。大人の足でわずか十分程度。大工藤家を辞するとき、栞菜さんから名刺を要求されて、渡した名刺に書いてある名前で目を丸くされた。栞菜さんの言葉ではないが、俺の名前を知ると『皆さんそんな顔を』する。いたって平凡な『太郎丸太郎』という名前の、一体どこに問題があるというのか。  小学校の校庭では地域のサッカークラブチームが試合をやっていた。その活気を遠目に見ながらまずは銅像が設置されていたという場所を確認する。  万力くんが指さす場所。校門前の一角に確かに不自然なスペースがある。敷き詰められたコンクリートブロックがそこだけ外されて、地面が露出していた。脇を公孫樹やケヤキの若木が肩透かしをくったような角度でそこの空間を囲んでいる。  コンクリートブロックは一辺が八十センチほどの正方形に切り取られていて、これが台座のサイズだと思われた。 「台座も無くなっているのか」  万力くんは『銅像が歩いた』と言っていた。確かに台座なんかが歩くはずは無いから証言は正しいとして、しかしそんなことを言ったら、銅像だって本来なら歩かない。  むき出しになった土の部分を手のひらで触ってみる。銅像が置いてあった割には押し固められておらず、柔らかい。少し掘ってみたら塩化ビニールの筒の口のようなものが現れた。忍者が水中に潜るときによく使う、例の筒だ。銅像が歩くくらいだから地面の下に忍者がいたって不思議はないけど、そもそも筒には土が詰まっているから、忍者が潜んでいても今頃はきっと窒息しているだろう。  周囲にその他の痕跡は見当たらず、いつも通っている学校を新鮮な気持ちで観察している美奈ちゃんたちに声をかけて俺は調査を完了した。  次に、銅像が歩いていたという校庭の隅へと移動する。  サッカーの試合を見守る保護者の列を、邪魔しないよう後ろを通ると、中にはお辞儀をしてくる母親もいて、俺はそれに営業用の会釈で応える。  校舎がやたらとゴツゴツして見えるのは、耐震工事の補強柱のせい。開口部の狭い解放感乏しい窓は、いまの時代には安全でいいのかも知れない。数年前に飛び降りがあったと常吉が言っていたから、その対策を施したのだとも思われる。
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