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教頭のお世辞に、鉄棒の美奈ちゃんが照れて聞こえないふりをする。蒲谷小学校は児童数が少ないから、教頭先生クラスでも児童全員を把握しているのか。
「ありがとうございます。今日はサッカークラブの応援ですか」
「ええ。実は息子がクラブに入ってまして。隣の小学校の四年生なんですけど。今日は試合にも出してもらえました。負けてしまいましたけどね」
誇らしげに胸をそらす仕草は、勝敗なんか二の次と考えてるようだ。よほど息子の出場が嬉しかったのだろう。
「私もなかなか息子の面倒が見れなくて。今日は蒲谷小学校が試合会場で助かりました」
「教頭先生もお忙しそうですね」
「なんやかんやで土日の仕事も多いですから。今月は土曜日は全部つぶれてますよ」
「大変なんですね」
「まあ、やりがいはあります。いろいろと楽しいことも。ところで何か聞きたいことがあるとか」
「ええ、実は学校に幽霊が出るという噂がありまして」
「ありますね」
「やっぱりあるんですか」
「もちろんです。むしろ幽霊話のない学校の方が珍しいですよ。蒲谷小学校だと、大食缶オバケに天秤おばさん、すりむけ小僧あたりがメジャー組でしょうか。みんな昔の教師が創意工夫して広めた話です」
「歩く銅像なんてのは……」
「それは新しい。ちょ、ちょっと待ってください」
教頭先生はズボンのポケットから鉛筆とセットになったよれよれの手帳を取り出した。指でめくってなにやら書き込んでいる。
「やっぱりありませんね。その、歩く銅像の話、教えてもらっていいですか?」
「いや……」
歩く銅像の事はこっちが逆に教えてもらいたい。
「学校で肝試しをやるんで、ちょうど学校の幽霊話を蒐集してるんです」
途端に美奈ちゃんが絶望的な顔をする。こちらの話が気になって、鉄棒どころではなくなっていた。
「先週の土曜日。正門前に設置されていた銅像が歩いたという目撃情報があります。ちょうど……この辺りを」
「それはちょっとどうですかね。あれは胸像で、足が付いてませんでした。それなのに歩くってのは、余り現実的ではありませんな」
銅像が歩くのは、足が付いてたとしても余り現実的ではない。
「その歩く銅像はどうやら東門から出て行ったようです。実際、いま正門前にその銅像はありませんよね」
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