第1章

2/151
前へ
/151ページ
次へ
 何気なく窓の外に視線を向けると、学校帰りの小学生がガラス越しに覗き込んでいた。少年たちは俺と目が合うと慌てたように立ち去っていく。隣に全力アカデミーとかいう学習塾が出来たせいで、このところ小中学生の往来が増えた。探偵事務所の看板が珍しいようで、興味本位に無遠慮にこちらを覗いていく。いくら覗いたって事務机と資料が並んでいるだけで、ベレー帽を被りパイプをくゆらせる名探偵はいないし、バイオリンだって弾いちゃいない。  それにそもそも俺の事務所は権田原不動産という不動産屋に間借りする形で構えていて、厳密に言えばバーネット探偵社の事務所と呼べる場所は俺の机一つだけだった。  俺は大学院を卒業してすぐに、このバーネット探偵社を開業した。初めはハードボイルド探偵らしく、もっと都会の片隅の雑居ビルにでも入居しようかと考えていたが、学生時代にバイトで世話になった権田原不動産のオヤジの「金が無いんならウチを使え」という誘いが魅力的過ぎた。  結果、不動産屋の片隅に居座ることになり、アルバイト時代とほぼ変わらない仕事をオヤジの厚意で回して貰っている。探偵業が暇なときは不動産屋の手伝いをするというのが格安賃料の交換条件だったけど、それなりの報酬は支払われた。  権田原不動産は、入り口すぐのところでカウンターを兼ねた書庫が事務スペースとの境界を主張しているという狭いつくりで、そこを右に入ったところが応接エリアになっている。パーテションで区切られた簡易打ち合わせコーナーが2セット、さらにその先に、来賓用にウレタンレザー張りのソファーが設えられた立派な応接室がある。社長のオヤジがしょっちゅう外出しているのをいいことに、勝手に応接室を利用する新入社員の常吉に確認したところ、そのソファーの寝心地は格別にいいそうだ。  先ほどの来客が二人、神妙な面持ちでその応接室に入っていてから、三十分も経っただろうか。応対をしているのは新入社員の常吉だけど、さすがに昼寝はしていないだろう。  権田原不動産の他の社員は皆出払ってしまっていて、俺は電話番を兼ねながら書類の整理にいそしんでいた。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加