第1章

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 ブンさんは、主義に反する記事配置を恥じ入るように頭を撫でる。この程度のイベントであれば市長本人が来ることはまれで、普通だったら次長や局長が代理出席して「市長は公務が重なっており……」などと聞かれてもいない言い訳をしながら、持参した原稿なんかを読み上げるものだ。  それが蒲谷小学校の銅像除幕式には当の村下市長が実際に来ている。  記事の写真には銅像をバックに並ぶ三人の男。ひとりがその村下市長、もう一人が校長先生だとして、もう一人は教頭かそれとも銅像を作った彫刻師か、おそらくそんなところだろう。  記事によると銅像は二羽惣之助という人物で、この人は明治時代にこの辺りを開拓し、尋常小学校の母体となった修学館を私財を投げ打って創設したらしい。  立派な人物に違いないが、なぜ今頃になって創設者の銅像なんかという印象は受ける。 「ブンさん。この写真、写っているのは市長と、校長先生と。もう一人は誰です?」 「ああ? ちょっと待てよ……。あったあった。もう一人は元気技研工業の社長だ」  ブンさんはよれよれの手帳を取り出して、俺に突き出すようにして見せる。汚い文字を判別するに、左側に立った細見でメガネの男性が校長で、真ん中の背の高い男性が市長。右手で左手首を掴む格好でゆったりと構えている。そして右端にいる重心の低い男性が元気技研工業の社長らしい。控えめに一歩下がった位置にいるものの、一番誇らしげな表情をしている。 「この会社が、銅像を?」 「いや、銅像を作ったのは黒崎造形という別の会社だ。なんか知らんが電気仕掛けがしてあるらしいぜ」  電気仕掛け。やはりこの銅像は歩くのか?  「銅像が、いったいどうしたんだ?」  ブンさんの証言に衝撃を受けた俺を見て、心配そうにブンさんが尋ねる。そういえば訪問の目的を説明してなかった。 「銅像が歩いているのを目撃した男の子がいまして」 「……」  ブンさんが、サンバを踊るテントウ虫でも発見したような目で俺を見つめる。 「あんちゃん、本気か? 銅像は歩かねえぞ。それに、そもそもこいつには足がついてない」  記事の写真をよく見てみると、確かに銅像は上半身のもので腰から下は高さが一メートルくらいある四角柱の台座だった。教頭先生も足にこだわっていたけど、そもそも足があるんだったら幽霊じゃなくなるから、これはこれでいい。
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