第1章

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 意識しないうちに報酬をつぶやいてしまうなんて、俺はそれ程困窮していたのか。  筑前さんは事務所のキッチンに入って冷蔵庫から手際よく玉ねぎとかぼちゃとかを取り出す。筑前さんが権田原不動産に入社してから、事務所で振る舞われるデザートは充実してきた。甘いものをあまり食べつけない権田原不動産大番頭の馬場場さんが、筑前さんの作るおやつだけは率先して手を伸ばす。  それでいて自分の事務仕事はちゃっかり片づけているから、実際のところ彼女の処理能力は侮れない。仕事の比重で言えば、新入社員の常吉の給料を半分くらい筑前さんに移したとしても、誰も異議は唱えないだろう。  そんな事を考えていたら、常吉が応接から顔を出していた。まさか自分の給料の危難に気付いたわけでもあるまいが、情けない顔でこちらを見ている。 「どうした?」  そばに近寄って声をかける。 「ちょっと、助けてください」  常吉が視線を送る先にはさっきの来客たちがいて、二人で静かなにらみ合いを続けていた。  ひとりは頬の皺が精悍な、五十代くらいの男性。濃紺のスーツに茶色いネクタイはいかにも長年の会社勤めが染み付いているという感じだ。いや、むしろ中小企業の社長といった深みがある。  もう一人は三十代後半くらいの、男勝りの強面で荒ぶる女性。黒のシャドウストライプ入りのジャケットを羽織り、幸薄そうな耳たぶに無理やりイヤリングをぶら下げていて、袖からは金色の時計と団子の様な大玉のブレスレットを付けた手が伸びる。その太い指が、掴んだタバコを苛立たしげにもみ消した。 「だから、言ってんでしょ? あの土地はアンタの物じゃないってさ」 「あそこはうちの工場を新築したばかりで、あそこが無いと仕事にならないんですが」 「そんな事は知らないわよ。今はアタシが地主から買ったんだからアタシの土地なの。さっさと散らかしっぱなしのクズ機械直して出て行けよ」 「いや、やっぱりあそこはうちの土地の筈だ。あの土地は確かに十年前に会社を設立した際、現物出資してもらったものですから」 「だったらなんで、その時に登記名義を変更しないの。十年前にはアンタの会社の物だったかも知らないけど、もう遅いよ。地主から権利書だって預かってるんだから」 「そんな……」
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