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いわゆる二重売買というやつだ。同じ物件を二人の人物が買った場合、どちらが本当に権利を取得するのか問題になる事がある。動産なら先に現物を受け取った方が勝ちだけど、不動産は受け取ることが出来ないから、登記名義を書き換えた方が勝つ事になっていた。
不動産は金庫にしまっておくなんて事が出来ない。そうすると誰が所有者か見た目では分からないので、法務局が登記簿という形で管理しているのだ。登記名義を書き換えた方を勝ちという事にしないと、社会が混乱してしまう。
「ちょっといいですか」
俺が声をかけると、そこで初めて俺の存在に気付いたかのように、二人同時にこちらを向いた。
「売主に確認してみたらどうですか? 十年前に会社に現物出資した土地を、今頃他の人に売るなんて、どう考えてもおかしいでしょう。もう自分のものでは無いという事をうっかり忘れていたのなら今回の売買を取消すべきだし、知っててやったのなら横領だ」
当然の質問に、しかし深みのある社長は浮かない顔をする。
「売主は……というか、現物出資をしてくれた殿村さんは、もういないんです。昨年お亡くなりになられました」
「亡くなった?」
ふんぞり返るダンゴブレスレット女が、迫力のある鼻息で俺ににじり寄る。
「なにさ」
「その土地は、誰から買ったんです?」
当然だが死んだ人からは買えない。
「息子だよ。地主の息子とは仲がいいのさ」
その言葉に、深み社長が絶句する。
相続により息子は父親の権利を包括的に承継するから、あたかも同一人物が一つの土地を別々の相手に売るという、二重売買と同じ形になっている。
名義変更を先にした方が勝つ状態で、権利書はダンゴ女が持っている。月曜日、法務局開庁と同時に手続を済ませるつもりだろう。
「何が……望みですか」
深み社長は、絞り出すように言葉を発した。ダンゴ女が我が意を得たりとひざを打つ。
「アタシだってね。鬼じゃあないんだよ。場合によっちゃあ、この権利書、アンタに渡してもいいんだけど」
社長が言葉を詰まらせる。何を条件に出されるか警戒しながら、静かに続きを促す。
「一億ね。一億出せば、権利書を売ってあげる」
「それは……あまりにも……」
「出せないことないでしょ。アンタの会社、儲かってるんだからさ」
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