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「まさか、うちが工場を新築して身動き取れなくなるのを狙ってたわけでは……」
「あら? 人聞きの悪いこと言わないでよね」
ダンゴ女は、どうでもいいとばかりに大仰にソファに体を預けて、ポケットから煙草を取り出した。焦らすようにじっくりと時間をかけて火をつける。ダンゴ女と地主の息子が昔から仲が良かったというのならその程度の情報は入るわけで、社長の推測もあながち間違ってはいないのだろう。
「もしお金に困るようだったら、相談に乗ってあげるわよ。アンタの娘さん、器量はいいからきっと高く売れるわ」
「ふっ、ふざけるな!」
弱気に見えた社長が、真っ赤になって声を荒げた。力が込められた拳が、小刻みに震えている。
「なによ、その顔。賃料に不満があるならアタシは別にいいのよ。好意で言ってあげてるだけなんだから」
ダンゴ女が勝ち誇ったように身をよじる。
「アンタのとこの社員にだって、人生はあるんだよ。アンタには責任があるんだから、どうにかしてアタシにお金を払うしかないじゃない」
「弱みに付け込むのか!」
「弱みがある方が悪いんじゃないの。強いものが勝つのは、自然の摂理よ」
「く、くそ!」
「お、なによその眼は。アタシから借りる気がないならあの工場は撤去してよね。ぐずぐず言うようなら裁判所に訴えてやる」
男性の顔色は真っ青で、今にも倒れてしまいそう。その顔にダンゴ女が煙草の煙を吹き付ける。
「まあ、せいぜい考えるんだね。一週間時間をやるよ」
ダンゴ女は鼻息で勢いをつけて立ち上がる。そのまま俺の方に視線を送ってきたので、俺は言った。
「あなたが土地を買った相手は、本当に地主の息子さんですか?」
「ああ、そうだよ。さっきそう言ったじゃない」
「いえ。そうすると売買登記をする前に、地主さんから息子さんへの相続登記が必要になりますよ。つまり、そのぶんお金がかかるという事です。でも、もしも地主さんが亡くなる前に地主さんから買っていたのだとしたら……」
「相続の登記は不要ってことか。なるほど。お兄さん、いいことを教えてくれたね。これからもよろしく頼むよ」
ダンゴ女が。カンラカンラと愉しげに嗤う。まるで水牛が草を食んでるようだ。
その姿に俺は営業用の笑顔で手を上げる。
出て行く女を見送って、なんとなく換気のためにドアを開けっぱなしにしておいた。
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