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社長は梅干しの塩辛でも食べたかのように虚脱して、しばらくそのまま焦点の合わない目で虚空を眺めていた。
「おまたせー。極上ポタージュが出来上がりましたよ。お客様もどうぞ!」
筑前さんが元気いっぱいお盆に乗せたカップを運んでくる。
社長は皆に倣ってカップを受け取り、ゆっくりと喉に流し込んだ。
おかげで多少は落ち着いたようで、瞳に力が戻ってきた。
「皆さんお騒がせいたしました。これから社に戻って対策を考えます。まだ何か打てる手がかるかも知れない」
諦めることなく可能性を探るという社長は、確かに経営者の面構えになっている。
常吉が受っとっていた名刺には『大工藤センサー株式会社 代表取締役社長 大工藤鳶男(おおくどう・とびお)』と書かれていた。
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「大工藤くんなの」
権田原不動産で夕食を食べていた時、小学校から思いつめた表情で帰ってきた美奈ちゃんは筑前さんの極上ポタージュにようやく重い口を開いた。
何を悩んでいるのかと思ったら、クラスの男の子が、夜の学校で幽霊を見たと騒いでいたのが理由だという。
商店街にも鈴虫の声が聞こえ始めたこの秋に、幽霊話は季節外れの感がある。しかし、そもそも幽霊が夏に出るものと決めつけるのは日本人の身勝手な都合かも知れない。考えてみれば季節の無いツンドラ気候地帯にだって幽霊は出るはずだし、熱帯地方の幽霊だってたまには休暇も取りたいだろう。
幽霊を見たと証言した男の子が『大工藤くん』で、掃除の時間に掃除もしないで階段の踊り場で盛り上がっていたらしい。その話の中に『幽霊』という単語を耳にした美奈ちゃんは階段を行ったり来たりしながら聞き耳を立てて、先週の土曜日に大工藤くんが学校で幽霊を目撃したのだという事を確認した。
しっかり者ではあるけれど、美奈ちゃんは実は相当に幽霊が苦手だ。夏のテレビで妖怪特集なんかやってると必ずチャンネルを変えるし、そういえば自治会青年部が祭りで企画する肝試しにも頑として参加したことがない。
「ミッチー、どうしよう……」
美奈ちゃんは、どういうわけか俺のことをミッチーと呼んでいる。その由来を聞いてみたら本人も覚えていないというから、その謎が解明する見込みは非常に低い。ただ、誰かがそう呼んでいるのを聞いたような気がするという事だった。
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