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誰にも言うつもりはなかったのに…。
それにしてもこの前、田原さんと飲んだ日は記憶がなくなるほど酔っていただろうか…?
自分でも不思議に思うくらいだ。
あの日、喋った内容を懸命に思いだそうとした。だが、自分が惚れている女性の名前など言った覚えはない。
一体、どういうことだろう…。
ちなみに、菅沼愛、通称『愛ちゃん』は僕より二つ年下の27歳。
それと、取ってつけたようで悪いのだが、田原浩介は30歳。
田原さんとは、同じ会社で仕事をしていて年齢は僕の方がひとつ下だが同期だ。
職種はパソコン関連の仕事をしている。
目の前に立っている愛ちゃんは、
「また今度遊ぼうね!今日は友達が私をここへ強制的に連れてきた感じだからさ」
「わかった。またな」
そう手を振って彼女は僕のそばから離れていった。
女性陣の中へ戻っていった愛ちゃんは黄色い声援を受けているようだった。
僕はその光景を見えなくなるまで見続け、そして、振り返った。
田原さんが先程とは変わりばえのない表情で僕を見ている。
そして、にやにやしながらこう呟いた。
「愛ちゃんと会うのは久しぶりか?井下、顔真っ赤だぞ」
「照明のせいじゃないの?あそこに街灯あるから」
と、指差して僕は言った。
だが、ごまかしても無駄だった。
青白い光を放っているそれは決して赤ではなかった。
そして、すかさず突っ込みが入る。
「あの街灯のどこが赤なんだ、どう見ても青白いだろ!」
僕は黙ってしまった。なぜなら返答のしようがないからだ。
「どうして愛ちゃんのこと隠そうとするんだよ?もう、井下の口から愛ちゃんに好意を寄せていることは知っているんだからさ」
まただ…。この人は先程と同じことを言っている。やはり、僕の口から言い出したことなのか…。
納得がいかないが事実のようだ。
なので、改めて訊いてみることにした。
「僕の好きな女の名前、田原さんに言ったかな?」
「実はな…。あの飲んだ夜に竹田がこっそり教えてくれたんだわ」
竹田昇(たけだ のぼる)26歳。
「え!あのおしゃべりが何で知ってるんだ!?」
「それは知らないわ」
僕はズボンのポケットをまさぐった。
そして、携帯を手に取った。
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