第1章

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 死歯夏来(しば なつき)の1日は、いつも家族会議ではじまり、家族会議で終わる。 「リンドバーク家のケントは、どうかしら。赤毛が少し気に入らないけど、ブルーの瞳がステキだわ」 「いや、ケントは今年で108歳じゃなかったか。年が離れすぎている。それに、この年まで独身というのは、いかがなものか」 「ゲイなんだよ、きっと。サンフランシスコで男とふたりで歩いているのを見たことがある。それに、身長が低いよ。180センチ以下の奴は、男じゃないね。僕は、認めない」 「同じ年ごろとなると、オーストラリアにいるケランは。ウィービン家の6番目。でも、あそこの家は、セレブすぎるかしら。4番目のカールと結婚したエレナは、婚約するときに1千万円を積んだと言っていたし……。あなた、いくらくらい用意できそう」 「500万……、いや、300万円くらいかな。この間、アルマーニのスーツをまとめて新調したから」 「僕は、反対だな。姉のニコールと一夜限りの恋を経験したことがあるけど、セレブなことを鼻にかけて嫌味な女だったよ。センスもないし、話す内容も中身がなくてさ。その後も何度か誘ってきたけど、丁重にお断りしたよ」 「ウィンストン家もいけないな。以前、ひとりの女性を巡ってひと悶着あったんだ」 「あら、初耳だわ」 「もう150年も前の話だよ、ハニー。私が愛しているのは、きみだけだって分かっているくせに、いたずらなこの唇は、いつも私を試すようなことを言う」  朝から唇を合わせる水っぽい音が食卓に響き渡り、夏来はうんざりと頬杖をついた。いつものことだ、と隣に座る冬来はクールだ。皿の上のバラの花びらを1枚取って、上品な手つきで口に運ぶ。現代の吸血鬼の主食は、バラか血の滴る肉となっている。  吸血鬼――。  そう。  死歯家――人間社会では「志葉(しば)」として通している――は、家族全員、吸血鬼である。  父は、日本生まれの吸血鬼。母は、ハンガリー生まれの吸血鬼。  120年前。フランスのパリで出会い、100年ほどかけて世界を飛び回ったが、冬来を身ごもったことをきっかけに日本で生活することを決めた。  夫婦は幸せだった。  やさしい夫にうつくしい妻。そして、ふたりのDNAを余すことなく受け継いだ見目麗しい赤子。しかし、5年後に生まれてきた第2子の顔を見て愕然とした。  うつくしくないのだ。
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