第1章

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 チリアクタ―必要のない僕たちの必要な話―               近藤 小古茶  プロローグ  その日の青空は、今でもはっきりと覚えている。  青色絵具をぶちまけたような「青」空は、眩暈がするほど鮮やかで、ふいに胸の奥が熱くなった。感動で右目から小指ほどの涙が溢れた。  悲しみ。  苦しみ。  妬み。  嫉み。   痛み。  憎しみ。  悔しさ。  怒り。  辛さ。  息苦しさ。  虚しさ。  寂しさ。  切なさ。  もどかしさ。  そして、  愛しさ。  そのすべて包んでくれそうな、青。  信じてしまった。  信じたかった。  こんな世界の中でも、たったひとつだけ信じられた――、「青」。  どうしたら近づけるだろう。  どうやったらひとつになれるだろう。  ステンレスの窓枠に手をかけ、右足を上げると、教室の空気が、一瞬にして冷え固まった。汗をかくほどの陽気だというのに、ひんやりとした空気が流れる。 「何をしているんだよ」  とある男子生徒のひとことで、止まっていた時間が、再び動き出す。けれど、決して元通りの空気になることはなかった。  彼の言葉をきっかけに、急に慌ただしくなり、怒号が飛び交う。 「やめろ!」  誰かが、叫ぶ。 「先生、呼んで来いよ」  走り出す音。  悲鳴も聞こえる。  泣きだす女子生徒もいた。彼女の名前は、何といったろうか。  机を動かす不快な音が、それらに続く。 「――」  切に名前を呼ばれる。  こんな風に誰かに名前を呼ばれるのは、いつぶりだろう。ぞくりと快感に似た思いを覚え、伸ばされた手にそっと、笑みを返す。  大丈夫。  この空が、思いもこの身も何もかも救い上げてくれる。  きっと。  1.  なぜ。  山田大也(やまだ だいや)は、考えていた。  どうして。  戸惑ってもいた。  グラスとコーヒーカップが3つ置かれただけで手狭になるくらい小さなテーブルを三角形になるように囲んで座ったまま、もう30分以上沈黙が続いていた。  店へ入ってすぐに注文したマフィンは、とっくに腹の中。オレンジジュースが入っていたグラスの中にも、溶けた氷が水となってわずかに残っているだけだ。することもないので、グラスの隅をつつくようにストローを動かして薄くなって、ただの水に味がついたものをすすると、ズズと思っていた以上に音が響いてしまい、ギクリと体を強張らせる。
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