第1章

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 駅前からわざわざバスに乗って25分。国道沿いのカフェは、午後5時には少し早い時間ということもあって、人影もまばらだ。店内は静かで、キッチンの方からときどきグラスのぶつかる音が聞こえてくるくらいだ。頭の上をかすめていくBGMは、流行りのラブソングで落ち着かない。  きつすぎるくらいの冷房と緊張で喉が渇く。  喉元に手を当て、わざとらしく喉の渇きをアピールすると、少し腰を浮かせる。 「おれ、飲みもの買ってくるけど、ふたりは――」  向かい合うように並んだコーヒーは、どちらもまだ手つかずのままで、返事もなく、仕方ないので、「いらないですよね」と流す。じゃあ、おれだけ、と本格的に立ち上がったところを「大也」と呼び止められる。 「はい」 「ここにいて」 「はい……」  叱られた子犬のように、しおらしく席に座り直す。  どうして、こんなことに。  こぼれそうになるため息を飲み下す。  人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んでしまえというけれど、いっそのこと、今この場に暴れ馬が現れてくれたらと願う。喜んでこの身を差し出そう。  なぜ。  恋人同士の別れ話に同席しているのか。  まったく。  好きも嫌いもふたりで勝手にやってくれればいいのに。  そういえば、告白のときもはじめてのデートのときも付き合わされたし、はじめてのキスのときも運悪く居合わせてしまったので、3人で付き合っていると言えなくも――なんていうことは、ない。危うく雰囲気に呑まれるところだった。怖い、怖いと首を振ると、それに反応するように、向かいに座っていた木戸譲(きど ゆずる)が、ぎこちなく口を開いた。 「悪いとは思っているんだ。本当にごめん」  深く頭を下げる。すると隣に感じていた体温が、1度下がる。そろ、と窺うように見ると、幼なじみで友人の佐々木雪野(ささき ゆきの)の冷えたように整った顔が、わずかに歪んだ。譲も気がついて、慌てて言葉を継いだ。 「雪野のことは、本当に好きだった、嘘じゃない。でも、好きだけじゃあダメなんだ。分かるだろう、おれは、29のいい大人で、雪野はまだ17歳の」 「子どもじゃないわ」  ピシャリとひとこと。子どもを叱りつけるような声に、大也と譲は、揃って肩を上げた。 「いい年をした大人の男が女子高生と大人の女を2股かけて、挙句、大人の事情でその人と結婚だなんて、笑わせないで」
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