第1章

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 譲は、私のすべてだった。譲が私を作っていたの。そんな風に私を変えたのは、譲でしょう。それなのに、譲がいなくなったら、私はどうすればいいの。思い出だけで生きていけっていうの。そんなの、ひどすぎる……」 「雪野……」  いつも強気な雪野のか弱い姿に譲は手を伸ばしかけたが、スッと引いてうつむく。雪野は、悲しげにその手を見送った。 「おれには、どうすることもできない。本当にすまない」 「私のどこがいけなかったの」 「そういうことじゃないんだ」 「じゃあ――」 「ごめん、雪野。気持ちだけじゃあ、どうしようもできないところまできているんだ。許してくれなくていい。恨んでくれていい。雪野は美人だし頭もいいし、強いし……。でも彼女は、そうじゃないんだ。きっと、おれ以上にいい男が現れるよ。雪野の幸せを願っている。だから、」 「分かった」  え。と譲が顔を上げるのと同時だった。立ち上がると、手つかずだったコーヒーを譲の頭の上からかける。 「雪……、野」  ギョッとしたのは、大也だけではない。隣のテーブルに片付けにやって来ていたウエイターが、テーブルを拭いていた布巾を譲に差し出すべきか迷って、オロと戸惑っている。  白いジャケットとストライブのシャツに茶色いシミが広がっていく。きれにパーマがかけられた髪もぺしゃんこだ。嫌味なくらいにコーヒーの匂いが広がる。 「もう会わない。さよなら」 「雪野……!」  捨てゼリフを残して去っていく雪野の後を追おうと腰を上げた大也を、「大也」と頼りない声が引き止める。  振り返ると、今にも泣き出しそうに濡れた瞳が、大也に向けられていた。この期に及んで何だと叱りつけたい気持ちが、焦れる足踏みに変わる。 「何だよ」 「雪野のこと、頼む。あいつ、強がって見せることが多いけど、意外と脆いところがあるから」 「分かっているなら、どうしてこんなひどい仕打ちをしたんだよ」 「手厳しいなぁ」  苦笑いすると、「頼む」とテーブルの上に頭をこすりつけた。 「言われなくても!」  店を出て行く雪野の姿を横目に駆け出す。  ――と、譲に見栄を切ったものの、 「雪……、雪野さん……、ゆ、雪……」  手を伸ばしては、引っ込める。かける言葉が見つからない。
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