黙っていたうさぎ

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 湖が見える小高い丘の、大きな木の根元に座るうさぎさんを、後ろから呼ぶ声がしました。うさぎさんが振り向くと、親友のくまさんの奥さんが、うつむいて立っていました。  若い奥さんは黒い服を着ていました。 「西の森の様子を調べたのは、うさぎさんだと聞きました」  うさぎさんは、体が固まったように動けなくなりました。 「西の森の人間は鉄砲を持っていないから安全だと、あなたが村長さんに言ったのだそうですね。村長さんは、その話を聞いて、派遣隊を作って森に送ることを決めたのだとか」 「そ、それは…」  少し違います、と言おうとしたうさぎさんは、黒い服を着たきつねの村長さんがこちらに近づいてくるのに気が付きました。  村長さんは大股でうさぎさんとくまの奥さんに歩み寄りました。 「どうして、もう少しきちんと調べてくれなかったのですか」  泣きながらうさぎさんに詰め寄るくまの奥さんを、きつねの村長さんが止めました。 「このたびは、本当にお気の毒なことです。お辛いでしょうが、どうか、うさぎさんを責めないでやってください。彼も、できる限りのことをしてくれたのですが…」  きつねの村長さんはそこで言葉を切って、くまの奥さんの肩越しに、うさぎさんを鋭く見つめました。それから、優しい顔に戻って再び口を開きました。 「派遣隊を送ると最終的に決断したのは村長の私です。責めを追うべきは私でしょう」  くまの奥さんは、涙を拭いて言いました。 「主人はいつも、村の役に立ちたいと申しておりました。たとえ、西の森に危険な人間がいると分かっていたとしても、村のみんなのために食べ物を取りに行く必要があるのなら、やはり志願して行ったでしょう。でも、鉄砲を持った人間がいると事前に聞いていれば、初めからもう少し用心したと思うんです。いつ、どうやって逃げるべきか、前もって考えておくことができたと思うんです。そうしたら、無事に帰ってこられたかもしれない…」  村長さんは、はっとして、再びうさぎさんのほうを見ました。その目は、後悔の色を帯びて、とても悲しそうでした。 「くまの奥さん、もうすぐ村の葬儀が始まります。ご列席できますか?」  若いくまの奥さんは、きつねの村長さんに付き添われ、その場を去っていきました。  うさぎさんは、湖が見える小高い丘の、大きな木の根元に、ずっと座っていました。  かつて、くまさんと一緒に座っていろんな話をしたその場所で、今、うさぎさんは一人ぼっちで、風に乗って聞こえてくる葬儀の音楽を聞いていました。  僕はどうしたらよかったの?  もっと早く、本当のことをみんなに伝えればよかったの?  病気の父母や、弟妹たちのことは、どうすればよかったの?  うさぎさんは、空を仰いで泣きました。声が枯れるまで泣き続けました。  どんなに泣いても、親友のくまさんは戻ってはきませんでした。 (おわり)
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