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私が遅めの速度で走っていたのには訳がある。それは、ここが死亡事故の起きた道だからだ。
一ヶ月程前、初心マークの軽自動車を一台の車が追い抜いた。そこまでなら普通にあることだが、よせばいいのにその乗用車は、嫌がらせ目的で軽自動車の前に割り込んだ。そして無茶丸出しの減速をしたのだ。
当然のように軽自動車の運転手はブレーキを踏んだ。幸いにも、それ自体は間に合ったのだが、さらに後ろにいた別の車のブレーキは間に合わず、三台の車は玉突き事故を起こした。その際に、挟まれた軽自動車の運転手が亡くなったのだ。
私が詳細を知っているのには理由がある。その事故の現場検証をした警官の一人、それが私だからだ。
通報を受けて駆けつけた時、挟まれた軽自動車の運転者はまだ車中にいた。救急車は来ていたが、思うように救出活動が進まなかったのだ。
どうにか運転席から外に出された運転手の、もうとっくに血の気の失せた青い顔と、血に染まったシャツの色を今でもはっきりと覚えている。
その、青ざめた顔で血まみれのシャツを纏った人物が、たった今走り去った車の後部座席に消えていくのを確かに見た。
警官ではあるが、今日の私は非番だから、あえて暴走する彼らを追いかけはしない。追ってまでこの事実を教えるつもりもない。
それでも一つだけ思っていることがある。
この先の進路でさっきの車が他車と追突事故など起こしてなければいい、と。むろん理由は、彼らの安否ではなく、あの車と関わる相手が気の毒だからだ。
暴走車…完
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