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はじめに書かれるべき文言が、パソコンを開くと既に画面の中に書かれていた。アイコンが明滅し、続きを書けといざなう様でもあるのだが、私はその続きに書くべき文言を知らない。部屋の中は冬特有の日差しの弱さと微小な埃のきらめきに満ちていて、まだきちんと朝起きたのかどうかという確信が持てない。起きてからパソコンを立ち上げたのには訳があり、昨日いくらのお金を使ったのかを記録するためと、眠りの中で錯覚と取り違えそうな記憶をより一層確定的なものへと変える為であった。 書こうと思えば、床に転がっている便箋や、手元の携帯電話のメモ機能を使えば問題ないことであったが、起きてからの時間稼ぎとでもいうのか、少し時間のかかる方を選択してしまった。
私が書こうと思っていたことは、果たして何だったのだろうか。画面に開かれた文字列を眺めながら、次に書くべき言葉を宙に探す。キーボードと指のよく触れる部分だけが、材質の変化をしているようで、少し粘着質な、滑りの悪い感触が伝わる。
キーボードにしても、指にしても経年経過による劣化が始まっていて、私はそのうち、私が干からびることを想像し始める。想像の中の私は、キーボードからパソコンに接続され、パソコンは電源と接続されたコンセントから干からび、やがて配線の側面や、画面の裏表に関わらず茶色を帯びて乾き、ひび割れを起こし始める。私の指はそれに呼応して指先から干からび始め、まず人差し指からささくれはじめる。
そうしてそのまま、私はパソコンの画面に向かいつつ乾き、胡座をかいたまま根を生やす。尻や、床と接触した太腿の一部から根が生え始め、やがて意識がなくなる。
意識が無くなりつつも、画面に記された言葉の列だけは、消えず、やがて夜が来て画面だけが薄ぼんやりと光はじめ、ひび割れた箇所それぞれから、光を洩らす。
かつて私だったものは、かろうじて手がキーボード(だったもの)の前に伸び、胡座をかいている、という形状のみがわかる形で、存在している。血肉は既に乾き、骨格とぱりぱりに乾いた皮膚のみがのこり、私自身はすべて空洞になってしまった。もちろんもう意識もない。
そうして、私はいなくなり、最初に画面に記されていたこの文章だけが、まだ夜の闇の中、こうこうと画面の中で輝いている。
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