日常に潜むもの

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「里子ちゃん、どうしたの?   元気ないじゃん。何かあったの?」 「え?いや。何も…」 鼓動が少しずつ速度を上げる。 いつもそうだ。 どうして貴方は、私の欲しい言葉をくれるのだろう。 何にもないよと笑ってはみたけれど、 そのまま帰るとまた、 一人で泣いちゃいそうだったから。 「辛いことはお兄さんに  話すんですよ」 カツさんの言葉に全てが浄化される。 右耳にきっちりとかけられた髪、 目に掛かりそうな柔らかそうな 金髪の前髪をか気上げる。 彼は港区の端にある小さなバー 『サソリ』のオーナー。 私の大好きな人。 「そろそろ、ラストオーダーの時間だよ」 十二時を過ぎた頃、 すっかりお客さんがひき、 気付けば里子だけになっていた。 「え? もう? 私だけだね。  珍しい。み、みんな帰っちゃって。  やだな。ごめんなさい」 「大丈夫。ここは、一時までだから、  気にしなくていいよ。  今日は早い時間からのお客さんが  多かったからさ。  先にレジだけ締めちゃうね」 「うん。帰った方がいい?」 「いや。俺的には、ラスト一杯  飲んでくれた方がありがたい」 首をかしげて、にっこりと笑みを溢す。 この二人だけの空間で、 カツさんの笑顔を独り占めなんて。 このまま、時が止まれば良いのに。 最後の一杯は、ゆっくり飲もう。 「嬉しい。じゃぁ、最後は、  カルアミルクを…」 カツが、キョトンと不思議そうに目を 見開いた。 「可愛いの飲むんだね」 「え?」 私、変なこと言った?  カルアミルク頼むの初めてだったかな。 何か恥ずかしいな。体がジンと熱い。 自分の顔が熱くなっているのが分かるほどに… 「す、すみません」 カツがクスリと含み笑いを溢す。 「何で、里子ちゃんが謝るの?」 「だって、カツさんがそんな顔するから」 「あはは。ごめんね!   里子ちゃんは、ビールとウィスキー  しか飲んでいないじゃない?  何だか可愛くってさ」 image=494687326.jpg
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