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二つの瞳をゆっくりと閉じては隠し、また開く。薄暗い闇夜に伏せてほんの少し開いた窓の隙間からじっと様子を覗き見る。ヒゲと耳だけをぴくつかせ、いや、ときおり縞々の尻尾も小刻みに震わせて一点に集中して監視する。猫の感を甘くみてはいけないぞと口元を少し歪め、部屋の様子を逐一見逃すまいと見据えた。おまえは、嘉神優希なのか本当に、と疑いの眼差しを送り続けた。
優希は誰かに胸を強打されているかのように激しく上下に揺れ動いている。短く刈り上げられた頭をカクンカクンと操り人形さながら、小刻みに動かしている。もちろん、優希の上には誰もいやしない。見えない誰かが心臓マッサージをして優希の痩せた身体を圧迫し揺り動かしているかのようだ。ゴマは一切の動きを止めゴクリと唾を呑み、ただじっと目を離さず優希の様子を監視し続けた。
ゴマとはなんだと思った奴、そんなことはわかるだろう。ふざけた名前だと思いだろうがしかたがないことだ。あの子が名付けたものだから今更変えることなどできやしない。
猫だから拒否権はない。まぁただの猫じゃないってことはおそらく理解してくれていると信じたいところだ。余計なことはあまり話したくはない。今はそんな話をしている場合ではない。優希から目が離せないのだから。それに……。いやなんでもない。
額に薄っすら汗をかき魘(うな)されている優希。
流れる汗は目尻を伝い涙のような筋を作っていた。紺と白のチェック柄のパジャマが汗で湿って色濃くしている。そこまで蒸し暑くはない気がするが、色濃く変色しているのを見ると汗をかいているのは間違いないようだ。そんな様子を見たせいなのか肉球から少しばかりの汗が滲んできた。
どうにも妙な静けさに苛立ちを覚える。虫の音くらいは聞こえてきてもいいようなものだが、何をみんなして黙り込んでいる。いや、訳は知っている。
むむむ、そろそろか。ゴマは目を細めて状況を見定める。
シーンと静まり返る深夜二時三十分、優希の唸り声が静けさを切り裂いた。正面に壁掛けの時計がカチカチいわせ秒針を動かしている。
怖い夢でも見ているのだろうか。あんなに身体を揺らせるくらい怖い夢とはどんな夢なのだろう。ブルブルッとゴマは身体を震わせた。武者震いだ、怖い訳ではない。それにあれは夢を見ているのではないと知っている。
来る、来る、来る。
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