第1章

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「どの辺りか覚えてる?」  自身が乗っていた自転車を道の脇に止めると男はしゃがんだままの真央の側に立った。  下から見上げてもそれ程背は高くなさそうで、年は高校2年生の自分と似たり寄ったりかな、と真央は内心思った。 「いやぁ・・この辺りだと思ったんですけど・・・・・ひょっとしたら水の近くまでいっちゃったかなぁ」  真央がしゃがんでいる場所から生い茂る葦を挟んだ向こうはもう潟だ。あそこに落としたならまず見つからないと肩を落とす。 「歩いてきた道をもう一度探してきます。足を止めてもらってすみません」  立ち上がった真央は目の前の男にペコリと頭を下げると桟橋の方に向かった。 「ちょっと待って」 「はい?」  思いがけなく大きな声で男に呼び止められたので、真央はひょっとして鍵が見つかったのかと期待して振り返った。 「そっちに行くと池あるよ」  池じゃなくて潟なんだけど───真央は心の中でツッコミつつ、失くし物が見つかったわけじゃない事に溜息をついた。 「知ってますそれ位。ここに落ちてないんだから後はあっちの方しかないし」  真央が視線を向けたのは水辺に立っている大きな倉庫のような建物だ。 「夏だからまだ明るいけど一人だと危ないよ」 「大丈夫です。毎日来てますから」 「でも・・・足滑らせて池に落ちたら危ないよ」  だから池じゃなくて潟なんだけど───男のお節介な言葉に真央は段々イラついてきた。 「水に落ちるのもたまにあることなんで」 「たまに? よくある? それ当たり前のことなの?」  立って並べば身長168cmの真央とそれ程変わらない目の高さだったが、男の表情が真剣そのもので真央は可笑しくて噴出しそうになるのを堪えるのに必死だった。 「・・・私、ボート部なんです。ここは毎日の練習場所だし、新入部員の頃は何度も水に落とされたり落ちたりして、もう慣れっこなんです。ご心配なく」 「え・・あ、そう・・なんだ。でも、今は部活の時間じゃないだろう。人の声もしないし。そんな所に一人で行くのはやっぱり危ないと思う」  アンタの方がずっとずっと危ない気がするよ───真央は失くした自転車の鍵よりも、まず目の前のお節介男をどうするべきか悩み始めた。
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