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「ねぇ、紗奈。」
「…ん? なあに。」
突然真由美に声を掛けられ、ワンテンポ遅れて返事を返す。だが私はパソコンの画面から目を離すことはない。真由美も真由美でパソコンから目を離すことなくキーボードを叩いている。
暫く沈黙が続いた。いくら待っても真由美の言葉の続きが聞こえてくることは無い。私も特別催促することなくそのままキーボードを叩いていた。
カタカタカタカタカタ……
パソコンのキーボードを叩く音だけが狭い事務所に響く。
「私、よく見る夢があるんだ。」
なんの脈絡もない言葉だった。
突然投げかけられた言葉に私は思わずキーボードを叩く手を止めて真由美を見た。だが真由美の視線はパソコンの画面のまま。
ドキリとした。何故、真由美はそんなことを言ったのだろうか。このタイミングで。この二人しかいない狭い事務所の中で。
真由美の質問は何か運命的なものを感じずにはいられなかった。私が真由美に投げ掛けた質問は「今日、夢見た? 」だけだったはず。なのに、何故。
私は返す言葉を見付けられず「あ、」だの「えっと、」だの。そんな譫言の様な言葉を浮かべるだけだった。
真由美はパソコンを見つめたまま、気の抜けたように笑った。
「ただ、見てるだけ。っていうことしか覚えてないんだけど、多分同じ夢。何時も虚しさだけが残ってるの。ただそれっぽっちの夢。内容なんてこれっぽっちも覚えてないんだけど、よく見る夢なんだ。」
真由美の言葉は何処か洗礼された様な口振りで、でも初めて放つ初々しさも兼ね備えていて、悲しい声音だった。
私は力の抜けたように笑った。
「私も見るよ。やるせなさだけ残した、いつも見る、なんてことない夢。」
私の言葉に真由美は綺麗に笑った。そして「そう。」とだけ冷たく返した。
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