Save the Cat!

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 そう言って彼は歩き始める。  バッグは置きっ放し。忘れているのか、わざとなのか。  多分、忘れているんだろう。  素晴らしい寝起きを見せておきながら、ちょっと抜けている彼はやっぱりとても可愛い。  わたしは黙って彼のバッグを拾い、後ろから付いていった。  広間から出て、外に出るとたくさんの人が上を見上げていた。  今、わたしたちが出てきた建物。  その建物は隣の宿泊棟と同じ作りで五階建てだ。  その四階と五階の間くらいの場所に小さな出っ張りがあった。近くには排気口や細いパイプが見える。  その出っ張りの部分を小さな白い猫がウロウロとしているのが見えた。  降りられなくなっちゃったんだ。  猫はみゃーと悲しそうに鳴いている。  パイプや窓枠をつたわって、そこまで行ったはいいものの戻れなくなってしまったらしい。  見ていると、猫は覚悟を決めたように飛び降りようとしていた。 「飛び降りちゃだめ!」  わたしはつい大きな声を出してしまう。  するとその猫は言葉がわかったかのように後ろに下がった。  わたしは動物にはとても好かれる。特に犬や猫には懐かれる。だからわたしも大好きだ。  ちなみにわたしは車の免許を持っていない。  持っていない理由を聞かれるといつもこう答えるようにしている。 「猫とか犬とかが車に轢かれて死んでいるのを見て、何か怖くてさ」  大抵の人はこんな風に答える。 「そんなの大丈夫だよ。めったに轢くことなんて無いし。気にし過ぎじゃん」  だけど速人君は違った。 「へぇーそんな理由で免許を取らないやつもいるんだ。たしかに運転しなきゃ轢くことはないよね」  そしてそう言った後、彼は笑いながら付け足した。 「じゃあ彩ちゃんは一生、自転車だな」  ええ、それでも構いません。  でも他の人の運転する車には乗ってしまうわたしには全然、一貫性がない。  人混みの中から一人の大男が近付いてきた。  速人君の親友で田上雅夫君。みんなにはニコと呼ばれている。  彼は無口で無表情だけど、決して冷たい人じゃない。 「猫か。降りられなくなったんだろうな。この高さは猫的にどうなんだ?」  ニコ君が速人君に話しかける。 「わからない。人間的には確実にアウトだな」  そこはかなりの高さだった。猫がどのくらいの高さなら平気なのかは知らないけれど、落ちたら無事には済まない気がする。
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