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そうしているうちに猫はまた飛び降りようとする。
「だめ! 危ないからそこにいなさい」
また大きな声を出してしまったけど、猫は言うことを聞いてくれた。
「彩ちゃんの言うことがわかるみたいだね」
速人君がわたしの顔を見て言った。
そして彼は困ったような顔をする。
わたしは泣きそうになっていた。それを見たからかもしれない。
「さて、ニコ。どうやればいいかなあ?」
「うーん。難問だな。とりあえず二階に行ってみよう」
わたしたちは二階の食堂の入り口に向かった。
速人君は上を見上げている。視線が色々なところに向かっていた。
「仕方ないな。こっから登るか」
「どっちが行く?」
「こいつは俺のが適任だろうな」
速人君はそう言ってワイシャツを脱ぎ始めた。
彼らの決断の早さに驚いた。
短い会話でお互いの意思を疎通させている様子が、どこか普段とは違う彼らの姿を見た気がした。
彼は下にTシャツを着ていた。その黒のTシャツには〝Born To Lose〟と言う文字だけが白い字で書かれていた。
彼は食堂の入り口の屋根を掴むと、腕の力でそこに登った。
屋根を歩いていき、建物の壁に近付くと、近くのパイプに向かってジャンプする。
小さな出っ張りや、別のパイプ、窓枠など少しでも手がかかる場所をつたいどんどん上に登っていく。どんな小さなものでも足がかりにして危なげなく進んでいった。
見る間に猫のいる場所に近付いて行く。
「まったく、あの人は凄えな」
その声に振り向くと速人君の同室の仁科君がいつの間にかそこに立っていた。
「猫を助けに行ったのか。こないだ言ってたのは嘘だったんだなあ」
「何て言ってたの?」
わたしは気になって尋ねてみた。
「犬か猫どっちが好きかって話になってさ。『俺は100パーセント犬派だ』って」
周囲の人のざわめきが大きくなっていた。
無理もないと思う。その頃、彼は落ちたら大怪我では済まないくらいの高さまで登っていた。
猫も心配だけど、彼のことも心配だった。
わたしが胸が苦しくなった。さらに泣きそうになった。
「大丈夫だよ。あれはパルクールって言ってな、俺も速人もその道のプロから教わったことがある。俺もある程度はできるようになったが、あいつは別格だ」
パルクール? 何のことだか全然わからない。
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