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ああ、そういうことね。
速人はその後の言葉が予想できた。
「ヤのつく自由業の方だったんだ」
「それでお前の身元は知られちゃってるの?」
「ビビっちまって言われるがままに財布を差し出したら、免許証とか取られた。ここの研修生だってこともバレてる」
俊介は情けない顔をしてうつむいた。
「二百万か。払える……わけないよな?」
「当たり前だろ。そんな金あるわけない」
「悪いけど、俺にもそんな金はないぞ。警察に行ったらどうだ?」
「喧嘩をしたのは事実だからな。会社に知られたらクビになっちまう」
「それで俺に頼みってのは?」
「これからそいつらと会わなきゃいけないんだ。呼び出しされててさ」
まだ俊介が話している途中だったが、速人はすかさず口を開いた。
「悪い。ちょっと急ぎの用事があるんだ。また今度な。じゃあ元気で。生きてたらまた話そうぜ」
早口でそう言うと、速人はベンチから腰を上げた。
「ちょっと待ってくれよぉ。頼むよ。一緒に行ってくれよお」
速人のスーツの端を掴み、俊介は懇願した。
眉毛がへの字になり、とてもみっともない顔になっている。
「どうして俺なんだよ。他にもいるだろうが。それこそ一緒に飲みに行ったやつに頼め」
「だってよぉ、八尋っていつもヤクザみたいなのと一緒にいるじゃんか。だから、そういうの怖くねえのかと思って」
一瞬、何を言っているのかと思ったが、速人はすぐに誰のことなのかに気付いた。
速人はいつも田上雅夫という親友と一緒にいる。彼のあだ名はニコという。彼は無口で無表情な大男で、その体躯と坊主頭のせいかよくこの様な疑いを持たれる。
「ニコのこと言ってるのか? あいつはそんなんじゃないぞ。ただ強面なだけだ」
「お願いだから、頼む。お前しかいない」
俊介はそう言って両手を合わせ拝むポーズをする。
はあ、やれやれ。仕方ないか。
「わかった。顔を上げろよ。一緒に行ってやる」
「マジか? ありがたい。八尋様、感謝いたします。一生、足を向けて寝ません」
「はい、はい。それで何時なんだ?」
「十七時半に近くの公園なんだ」
今の時刻は十七時少し前。まだ時間の余裕はあった。
二人は宿泊棟へ向け並んで歩いていく。
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