かくしごと

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『隠してたことがあるんだ』 電話越しに、少しハスキーな声が脳内に流れ込む。 筋骨隆々といえなくもないほどには男らしい、 優しい笑顔が脳裏に浮かんだ。 『明日の夜、会えないかな』 部屋の扉に貼られたカレンダーを見上げると、 日付の横に小さく満月を象ったイラストが印刷されていた。 すぐとなりには、ハート型のシールが貼られている。 「1日早くない?」 4年目記念日、と書かれたピンクの丸文字を睨み付けながら、 少し不満げに返事してみる。 『明日、満月、だから』 満月、と噛みしめるような彼の声にどきっとした。 「場所は? どこか外食でもするの?」 少しだけ、声が震えた。 『そっちの部屋。窓大きかったでしょ、夜景も綺麗だし』 「散らかってるけど」 『知ってる』 この野郎、と心で少し笑った。 ほどよく軽口がたたける関係。 「じゃあ、また明日」 『ん』 柔らかな声音に口元も緩む。 短い言葉だけで伝わる関係。 どこか寂しげな響きに、 無機質な電子音が繰り返す受話器を、 なかなか耳から離せなかった。 恋、と名前が付いてから5年以上。 恋人、というくすぐったい関係に収まってもう4年。 恋の寿命は4年だとどこかで聞いた。 彼の隠し事は初めてだった。 良い話も悪い話も、 欠点も褒め殺しも平気で口にしてくれた。そんな彼の、隠し事。 もう限界なのかもしれない。 いずれは別れるはずだったんだ、と独り言。 強がった言葉とは裏腹に、 彼が褒めていた夜景が滲んで見えた。
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