一、風呂に入る時は鍵をかけよう

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「あーあーあーあー、ぁぁぁぁぁぁぁぁ、はぁ……」 腕に絡みついたイヤフォンを耳にさし、近くに投げ捨ててあった音楽プレーヤーを起動する。すぐさま音は奔流となって脳を揺らした。それは洗濯機に脳がかけられたようだとは誰が言ったのか。 ……私か。私しかいないな。 ごちゃごちゃした頭の中身をシャッフルしてアクセントに合成音声の歌姫が甲高い声を掻き鳴らす。それが洗剤のように痛む頭を整理してゆく。濁流と化したピアノは歌姫が整理した頭を柔らかく洗う。そうして最後のサビに入ると、弛緩した脳はきゅっと引き締まって脱水された。 後は干すだけだが、冗談とはいえこの茹だる所じゃない暑さの中であのあったかいお日様に照らされるなんて勘弁してほしい。 つまり洗濯はここで終わりなのだ。 「つかなんで洗濯に例えたのかさっぱりっすわ…」 あまりにも暑過ぎて頭がおかしくなったのだろうか。それとも水浴びをしたいという体からの無言の訴えだろうか。 どちらにしても、少し頭を冷やしに言った方がいいのだろう。今の時間は母親は仕事だし、姉はバイトに行っていていないはずだ。今のうちに済ませときますか、なんて私はそんなに母と姉を忌避していたのか。新たな発見であるが、別にどうでもよかった。 シャアシャアと涼やかな音が耳の奥でこだまする。私は湯船の淵に座って冷たいシャワーをぼんやりと浴びていた。肩までの髪がぺっとりと背中にくっつく感触が不快である。 そして、それは唐突に訪れた。 「こんちーっす、神様的なアレです」 バンッと風呂の扉を開けて来た変態にとりあえずシャワーをかけた。それも勢いを強めにして。が、そこは『神様的なアレ』だからか確かにかかっているはずなのに(少なくとも私からはそう見える)、変態は全く濡れていなかった。さらに言えば変態の足元の床すらも濡れていない。なら水はどこに行ったのかと目を凝らすと、水はいつの間にか何処かへと消えていた。 なんだあの不思議現象。魔法か。 「へい、ユー!いきなり人に水をぶっかけるなとママンに習わなかったのかい!?…ん、ぼくちん人じゃなかったな!いやー、これは一本取られちまったぜ!ハッハッハッハッハッハッ!!」
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