1693人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ
―――午後6時。
ナースステーション内では日勤スタッフが黙々と電子カルテと向かい合い、廊下では、夜勤スタッフが夕食の配膳をしながら慌ただしく動き回っている。
申し送りを終えやっと椅子に腰を下ろした私は、カタカタとパソコンのキーを打ち鳴らして深い息を吐いた。
「香川さん、どうかした?そんな大きなため息をついて」
突然と耳に入り込んだ声。
驚いた私は指の動きを止め、目をパチクリして右隣りに視線を向けた。
笑みを浮かべて私の顔を覗き込むのは、循環器内科医の柴田先生。私と同じくバツイチで、妻と子供に置き去りにされた淋しい中年男だ。
「今日は入院も検査も多かったので疲れてしまって。今からこれだけの記録を書くと思ったら、更に疲労困憊だな~って。…私、そんなに大きなため息をついてました?」
ボールペンで走り書きした受け持ち患者表に手のひらを置いたまま、私は眉根を寄せて苦笑いを落とす。
「ああ、大きなため息だったよ。吐いた息で、キーボードの隙間に入り込んだ埃が舞い上がってたからね」
「ええっ!?……ヤダ先生!嘘ばっかり!」
「ははっ!それは冗談だけどね。――ねえ。もし迷惑じゃ無ければ、今週末に食事に行かない?」
先生は急に声のトーンを落とし、周囲に目を配りながらそっと耳打ちした。
―――んん?
これってもしかして……
デートの御誘い?
最初のコメントを投稿しよう!